粘土状になった無数の黒い塊や帯が、海面を漂う。白砂の浜辺や海の幸を育む岩場は、漂着した大量の重油で汚染された。1997年1月に島根県・隠岐島沖の日本海で発生したロシアのタンカー「ナホトカ」の重油流出事故。冬の高波を受けて真っ二つに折れた船体からは6240キロリットルもの重油が流出し、ちぎれた船首部は、2800キロリットルの重油を積んだまま福井県沖に流れ着いた。京都を含む1府8県に深刻な被害をもたらした大事故を振り返る。(2018年11月掲載分・年齢肩書などは当時のまま)

■ひしゃく頼み 防除強化に教訓

 1月2日午前2時50分ごろ、重油1万9千キロリットルを積み、中国・上海からロシアのカムチャツカ半島に向かっていたナホトカ号から緊急通報が発信された。船齢25年の老朽船は、船首から50メートル付近で二つに折れたが、船長(47)を残して救命ボートに乗り込んだ船員31人は、巡視船「わかさ」などに救助された。

 当時、現場海域を管轄する第8管区海上保安本部(舞鶴市)トップの本部長だった工藤栄介さん(72)は「まずは人命第一でよくやったと。タンカーの破損箇所や油の種類も不明の中、海洋汚染(対策)は二の次だった」と振り返る。

 本当の闘いはここからだった。大量の重油を抱え…