がんや難病の患者の遺伝情報を網羅的に調べてデータベースを構築する国のプロジェクト「全ゲノム解析等実行計画」が進んでいる。

 個人の体質に合った病気の治療や予防などを可能にする「ゲノム医療」の基盤となる取り組みだ。しかし、雇用や保険契約、結婚などで「遺伝子差別」を生みかねないとの懸念もある。

 ゲノム解析で得られたデータは、究極の個人情報と言える。取り扱いについて、厳格なルール作りが必要だ。

 実行計画は厚生労働省の主導で2019年に策定された。全国の医療機関や大学が参加し、保存済みの患者の血液やがん細胞などの検体で解析してきた。昨年秋からは、結果を本人に返す取り決めの下、新たな患者からの検体の採取も始めた。

 日本の全ゲノム解析は、23年までに100万人の実施を目指すとしている英国のプロジェクトなどを参考にしている。データの蓄積と、人工知能(AI)などを駆使した解析が進めば、将来かかる病気のリスクなどがより明らかになっていくと予想される。

 国内ではすでに、特定のがん遺伝子の変異を調べて最も効果的な薬剤を選ぶ「がんゲノム医療」の検査が、保険適用で実施されている。

 この検査をしても最適な薬が見つかるのは約1割にとどまっているが、全てのゲノムを解析すれば、より効果的な治療法などにたどりつける可能性が高まる。

 データベースを製薬企業や研究機関が広く利用することで、アルツハイマー病など他の病気の薬剤開発や原因解明も期待できよう。

 ただ、ゲノム研究の有用性について市民の理解を広く得るには、協力者のプライバシーを守ることが欠かせない。

 昨年11月にあった厚労省の専門委員会では、難病の当事者団体の委員から「ゲノム医療の推進と遺伝情報差別禁止は常に車の両輪として扱ってほしい」と、技術の一人歩きを警戒する意見が出た。

 米国では、家族を含む遺伝情報を基に生命保険の加入を制限することを禁じる法律が08年に制定された。欧州などでも同様の法律ができている。日本も法規制の検討を急ぐべきだ。

 課題となるのは、ゲノム解析で得られた膨大な情報をどこまで本人や家族に伝えるかだ。

 知っておくべき情報なのかどうかを、本人たちだけで決めるのは難しい。いくら将来の病気のリスクがわかっても、予防法や治療法が確立していなければ、心理的な負担を背負うことになるためだ。

 現在、検体を提供したがんや難病の患者に対しては、当該の病気以外の解析結果について知りたいかどうか事前に確認した上で、伝える内容を専門家が相談して決めるとしている。

 患者のさまざまな相談に乗る「遺伝カウンセラー」の役割が重要になる。政府は、国民が不安なく協力できるための人材育成にも力を入れるべきだ。