「犯人には自分の罪としっかり向き合ってほしい」と息子の命日に毎年、京都に訪れる母淳子さん=2021年1月15日、京都市左京区・叡山電車出町柳駅

「犯人には自分の罪としっかり向き合ってほしい」と息子の命日に毎年、京都に訪れる母淳子さん=2021年1月15日、京都市左京区・叡山電車出町柳駅

千葉大作さん

千葉大作さん

事件に遭う4日前に残した千葉大作さんの文章。「日常がかけるようにこれから努力してきたい」などと記される=母淳子さん提供

事件に遭う4日前に残した千葉大作さんの文章。「日常がかけるようにこれから努力してきたい」などと記される=母淳子さん提供

■「私の知らない大作」

 長男を失って15年、母は遺品を少しずつひもといてきた。2007年1月に京都精華大マンガ学部1年千葉大作さん=当時(20)=が殺害された事件。母の淳子さん(62)はスケッチブックや作品の下描きに目を通すたびに「私の知らない大作に出会える」と感じ、心のよすがにしてきた。今年も未解決のまま迎える15日の命日。淳子さんは「なぜ命が奪われたのか、理由が知りたい」と切実な思いを訴える。

 仙台市の自宅にある大作さんの部屋には、京都の下宿先から引き取った大量の作品やデッサンが入った段ボールがある。「勝手に触ってごめんね」。恥ずかしかったのか、あまり作品を見せなかった息子を思いながら、淳子さんは毎年の命日やお盆に遺品を少しずつ取り出してきた。

 スケッチブックをめくると、絵の線が日を追うごとに繊細になっていくのが分かる。「1日休むと、取り戻すのに1週間かかる」と書かれたメモもあった。親元を離れた約2年の間に、漫画家の夢に向かって一歩一歩、成長していく大作さんを感じた。

■リアルを求めるマンガ家に

 昨年末には、有名漫画を読み解く大学の授業の感想文が出てきた。事件の4日前に書かれたものもあり、人気漫画「AKIRA」の作者大友克洋さんを挙げて「僕はリアルをもとめるマンガ家になりたい」と熱い思いをつづっていた。

 うれしさを感じる一方、淳子さんは遺品を見終わってしまう怖さも抱えている。段ボールにどれだけ残っているかは見ていない。「大作とのつながりが終わってしまう気がする。新しい一面を見つける楽しみを残しておきたい」。20歳で時が止まった息子との時間を慈しむように、ゆっくりと手に取っている。

 家族の中で、大作さんはいつも笑顔を絶やさず、妹や弟の面倒を見てくれる頼もしい存在だった。大学入学後も淳子さんが電話をすると、友人や生活のことを1時間ほど話してくれた。

 最後に会ったのは07年1月9日。帰省していた大作さんを仙台駅に送ると、年の離れた弟が泣いた。京都に戻る新幹線の中で、大作さんは「俺も頑張るから、頑張ろうねと(弟に)伝えておいて」と淳子さんにメールした。事件が起きたのは、その6日後だった。