23歳で亡くなった山口雄也さん

23歳で亡くなった山口雄也さん

 急性骨髄性白血病を患い京都大大学院生だった2021年6月に23歳で亡くなるまで、献血が果たす役割の大きさをSNSや動画で訴えた山口雄也さんを紹介するパネル展が、京都市下京区の府赤十字血液センター献血ルーム四条と同京都駅前で開かれている。新型コロナ禍で献血者は減少傾向といい、主催した同センターは「輸血を受けていた山口さんのメッセージから、献血を通じた命のリレーについて考えてほしい」と呼びかけている。

■闘病の様子や献血への感謝、28日までパネル展

 左京区で生まれ育った山口さんは京大1年生だった16年に希少がんである胸の胚細胞腫瘍が見つかり、手術後に治まったが、3年夏に血液のがんの急性リンパ性白血病を発症。白血病は3回再発し、毎日のように輸血が必要な状態に置かれる中、約9万3千人がフォローしていたツイッターやブログなどで、闘病の様子や献血への思いを発信。20年夏には、ブログをまとめた著書「『がんになって良かった』と言いたい」を出版した。

 両会場には同じパネルが7枚ずつ並ぶ。亡くなる少し前、山口さんが病室で作成した動画の内容を抜粋したパネルでは「あの日誰かが、献血ルームに足を運んでくださって、その血が僕の体に届いた。一日一日、まるでリレーのように僕の命をつないでくださった」と感謝。ツイッターに投稿した闘病の様子、陸上部で活躍した高校時代などを写真で伝えるパネルもある。

 同センターによると、府内は1日約300人の献血者が必要だが、血液は長期保存できず、常に安定確保できているわけではない。さらにオミクロン株の急拡大で、事業所などへの献血バス派遣が1月だけで16カ所中止になるなど、必要量を確保できない日もある。

 担当者は「輸血を受けるのは交通事故や出産時のイメージがあるが、約8割は病気の人で、日々必要。山口さんのように、献血を待ち望んでいる人がいることを知ってほしい」と話す。28日まで。入場無料。

■挑発的表現で闘病記「炎上」、その真意とは

 山口雄也さんが亡くなる約2カ月前の21年4月8日、入院先の病床からツイッターに公開したブログの闘病記「祈りの献血、命の輸血」は大きな波紋を呼んだ。2万3千件のリツイートがあり、フォロワー以外にも広く読まれた一方、一部の表現に対して「命をいただいている身で偉そうにお願いをするな」などと批判が殺到し、「炎上」した。山口さんがブログに込めた真意とは―。