ロシアによるウクライナ侵攻に心を痛めるシベリア抑留経験者の平野さん(福知山市)

ロシアによるウクライナ侵攻に心を痛めるシベリア抑留経験者の平野さん(福知山市)

 国際社会から非難を浴びているロシアのウクライナ侵攻。旧ソ連によるシベリア抑留や日ソ戦を経験した平野力さん(98)=京都府福知山市=は「国際法を守らないのはソ連時代と同じ。心から怒りを感じる」と憤る。「戦争は地獄」と当時を振り返り、戦火に見舞われて多くの死傷者が出ているウクライナの状況に心を痛めている。

 平野さんは太平洋戦争時、旧満州(現中国東北部)の陸軍獣医学校で幹部候補生として教育を受けた。終戦前の1945年8月9日、ソ連が日ソ中立条約を破り、満州に侵攻。武装解除となってシベリア南部・チタ州の収容所に連行され、49年8月、舞鶴港に引き揚げ、帰国した。

 今回の侵攻について、平野さんは「国際法を守らないのは(当時の指導者)スターリンとよく似ている」と感じている。「条約を破り、国境に出てきた。戦争が終わったら日本兵を祖国に帰さないといけないのに労働力が欲しいため、ソ連全土に連れていった」と思い起こす。収容所はウクライナにもあり、抑留者は約60万人。約6万人が亡くなったとされる。

 ウクライナには特別な思いがある。氷点下50度にもなる極寒の収容所では、飢えと重労働で次々と仲間が死んでいった。過酷な生活の中、大豆や麦の運搬作業に携わった。ウクライナの穀倉地帯から届いたものだった。

 「内緒でズボンや服の袖に入れて持ち帰り、仲間と食べた。人間性を取り戻した気持ちになった。ウクライナからの食料が私らの命を救ったんです」。旧ソ連の一般の人たちは、そんな行為を見て見ぬふりをしてくれた。「差別せず、日本の家族のことも心配してくれた。民衆と権力者の考え方は違った」

 今回の侵攻後、ロシア国内でも反戦の声が上がっている。「プーチン大統領もスターリンのように力ずくで抑えているが、(民衆が声を上げる)状況は当時と違うのでは」と指摘する。

 ウクライナのニュースを注視している。国外に逃れようとする人たちを見て、ソ連が攻めてきた時の満州を思い出す。「子どもや女性、病気の人がまず、犠牲になる。ソ連の戦車に爆弾を抱えて突撃した兵士もいた。満州からシベリアに連れて行かれる国境付近で日本人の大勢の亡きがらを見て、どうすることもできなかった。それが戦争ですわ。二度と起こしたらいかんのです」