捜査当局は身構えたが、肝心の空き缶が見つからず、この日の捜査を打ち切った。
ところがこの時、台本にない別のドラマが進行していた。白布の場所で高速と交わる栗東市の県道で、巡回中のパトカーが白布から50メートルの場所で停車する不審なライトバンを発見。懐中電灯で運転席の男を照らすと急発進した。追跡したが、途中で一般車が割り込む不運もあり見失った。運搬車が草津PAに到着する前後のことだった。「高速に近づくな」の指示は隊員まで伝わっていなかった。
ライトバンは盗難車だった。県警は最初、白布の場所と車の停車位置が1キロ以上離れていると見誤り、単なる盗難事件と判断してしまった。
栗東で高速を下りた今江さんは、草津市内で乗り捨てられた盗難車の捜査に向かった。草津宿本陣近くの天井川のトンネルをくぐり左折した場所に、その車はあった。
<滋賀本部から草津->。聞き慣れた音声が耳に入ってきた。「警察無線がわんわん流れてた」。後手に回る捜査をあざ笑うかのように、県警の無線を傍受中の小型無線機が車内に残されていた。「ぞっとした。なぜ無線が」。間もなく県警は「窃盗犯」の正体を知ることになる。
◇
警察が総力を挙げて挑んだ大勝負は、不運とミスが重なり瓦解(がかい)した。ただ、パトカーに追われた犯人はよほど慌てたのか、放置した車に大量の遺留品を置いていった。
グリコ・森永事件 1984年3月18日夜、銃を持った3人組が江崎勝久・江崎グリコ社長を自宅から誘拐し現金を要求。社長は監禁先から自力で脱出したが、犯人は「かい人21面相」を名乗り同社や森永製菓など食品企業を次々と脅迫。青酸入り菓子をスーパーなどに置き、全国のスーパーから森永製菓子が撤去された。犯人は85年8月に「終結宣言」を出して姿を消した。2000年2月に最終時効を迎えた。