若き日の松尾芭蕉が<京は九万九千(くまんくせん)くんじゆの花見哉(かな)>と詠んでいる。京の春は9万9千の家々から大群衆が花見に浮かれ出ることよ-と桜好きの俳聖まで浮かれ気分のようだ▼<一人静かな花見は、少なくとも桜の花見ではない>と民俗学者の故桜井満氏が「花の民俗学」で書いている。花見は本来、田の神に対する供応であり、迎える人々も神と共に大いに飲み食いするものだという▼それでというわけではないが、「桜を見る会」という安倍晋三首相主催の花見に今春、約1万8千もの人が集まった。5年前より4千人増え、支出も約5500万円と急に膨れあがった▼言わせてもらうが、これは私たちの税金だ。無料で料理や酒が振る舞われ、土産までつく。特に問題なのは各界代表の有名人に交じって、首相地元の後援会員の招待が多いことだ▼つまり、税金を使った公的行事を私物化していませんか、という素朴な疑問だ。第2次安倍政権になって招く客人が増えたそうだ。後援会員には一流ホテルでの前夜祭もあり、参加費を首相の事務所が一部負担したのではと野党が追及している▼芭蕉には<しばらくは花の上なる月夜かな>という句もある。やがては月は西に落ち、桜の華やぎは見られなくなる。花見中止で済むまい、と首相は心得ているか。