拝啓、フロイト様―。1932年、アインシュタインが手紙を出した。20世紀を代表する理論を生んだ知の巨人が語り合ったテーマは「人間を戦争から解き放つことはできるか」▼今年没後80年のフロイトが創始した精神分析は、ヒステリーなど心の病の治療に際し、対話を通じて患者に要因を気付かせる。治療法が確立していなかった19世紀末の精神医療に革新をもたらした▼手紙は国際連盟の発案でテーマと相手を自由に選べる。相対性理論を打ち立てたアインシュタインは「人間には破壊への衝動が本能的に備わっているのでは」と問うたが、まさにフロイトが考えていたことだった▼第1次世界大戦の現実や敗戦国オーストリアでの窮乏生活、戦争神経症患者の診察、愛娘や孫の死が思想に影響した。返信で、あらゆる生命に死への衝動があり、破壊衝動は外の対象に向けられたもの、と記した▼2人の巨人のやりとりをまとめた書籍は、近年注目され翻訳の出版も相次ぐ。世界の分断が加速し、戦争の足音が近づく時代への危機感だろう▼京都アニメーション放火殺人事件のような凶悪事件が繰り返され、ネット空間で人は挑発的な言葉で傷つけ合う。日本と韓国、米国とイラン…対立が絶えない世界。衝動をいかに抑え込むか、考えてみる必要がある。