(右から)岸本遼太さん、早苗さん、義彦さん一家=武田さん提供

(右から)岸本遼太さん、早苗さん、義彦さん一家=武田さん提供

岸本早苗さんの遺言で宮津湾に散骨する武田さん(宮津市)

岸本早苗さんの遺言で宮津湾に散骨する武田さん(宮津市)

 発生から17年が経過した尼崎JR脱線事故で負傷し、その後自死した息子の名誉のため闘い続けた岸本早苗さん(77)=兵庫県宝塚市=が昨秋亡くなり、知人らが京都府宮津市の名勝・天橋立沖で散骨した。天橋立は親子3人で何度も訪れたという思い出の地。早苗さんは長男と夫の遺骨をこの海に流しており、多くの苦難を経て家族が再び一緒になった。

 早苗さんの長男遼太さん=当時(25)=は、京都精華大に在学していた2005年、通学中に脱線事故に遭って首を負傷した。悲惨な現場を見たため、事故の光景が鮮明によみがえる心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、「死にたい」と口にするようになった。療養中だった事故の翌年、夫の義彦さんが宮津湾内で夜釣りの最中に誤って海中に落ちて亡くなった。

 2年後には、遼太さんも自宅で自死しているのが見つかり、相次いで家族を失った早苗さんに喪失感が襲う。一時はうつで寝たきりになり、ヘルパーに支えられる日々が続いた。それでも、「息子の自死は事故に起因している」とJR西日本に訴え続け、形見として自宅の庭には桜の木を植えて亡き姿をしのんだ。

 宮津湾での散骨は、遼太さんの中学時代の友人、武田智彦さん(38)=京都市南区=と、事故の補償交渉を担当した弁護士の津久井進さん(52)が立ち会った。天橋立近くの船上から、武田さんが粉末状の早苗さんの遺骨をゆっくりと青い海にまいた。

 津久井さんは「早苗さんには、十数年間お疲れさまでした、と伝えたい」と悼み、武田さんは「事故によって、つらく悲しい思いをし続けた家族がいることを忘れないでほしい」と話した。