京都大などが収集したアイヌ民族の遺骨や副葬品を集約し、尊厳ある慰霊を実現するため国が2020年に民族共生象徴空間ウポポイ内に整備した慰霊施設(北海道白老町)

京都大などが収集したアイヌ民族の遺骨や副葬品を集約し、尊厳ある慰霊を実現するため国が2020年に民族共生象徴空間ウポポイ内に整備した慰霊施設(北海道白老町)

樺太アイヌ(エンチュウ)協会の田澤守会長(2022年4月16日 札幌市内)

樺太アイヌ(エンチュウ)協会の田澤守会長(2022年4月16日 札幌市内)

 京都大や北海道大などがアイヌ民族の遺骨を墓地から無断発掘し研究対象としていた問題で、国が2019年に北海道白老町に建設した民族共生象徴空間ウポポイの慰霊施設に集約された1300体を超える遺骨に、樺太アイヌ(エンチウ)の遺骨が含まれておらず、京大は樺太アイヌ遺骨56体をいまだ保管していることが、18日分かった。樺太アイヌの子孫でつくるエンチウ遺族会(札幌市)は、京都大に対し、遺骨の返還を求め、樺太(現ロシア領、サハリン)に戻すよう要求している。

 同会の田澤守会長は「盗掘したものは返し、謝罪すべきだ。私たち樺太アイヌの存在を国は考えず、対象外とされてきた。打診もなく勝手に決められたウポポイに納めるべきではない。京都大は応じず、情報開示もない」と話している。同遺族会は20年に返還申請を国に提出し、返還交渉を続けている。

 16年の文科省調査では、全国12大学が1627体のアイヌ民族遺骨を保管していた。うち約150体は敗戦まで日本領だった南樺太で医学者らが研究目的で発掘したものだった。

 また、同省資料によると、京都大はアイヌ民族の遺骨87体を保管し、うち56体(男性25体、女性23体、性別不明8)は樺太で発掘・発見としている。内閣官房アイヌ総合政策室によると、京大がウポポイに納めた遺骨は現時点で26体。いずれも北海道が出土地で、戦前に収集された遺骨だった。

 政府は20年、先住民族に遺骨を返還する世界的潮流を踏まえ、出土地域が特定できた遺骨は、その地域に暮らすアイヌの人たちが慰霊を行える場合は地域返還するとし、団体申請を受け付けた。「直ちに返還できない遺骨はウポポイに集約する」とし、9大学から1323体が集約された。ウポポイに納めた遺骨の「出土地」や推定時期、保管していた大学名を国は公表しているが、樺太出土は一例もない。

 樺太アイヌ(エンチウ)協会会長でもある田澤守さんは「アイヌ民族はみんな一緒だというが、私たちエンチウの存在を国は考えていない。先祖の墓を無断で暴かれ、盗掘した遺骨を故郷の土に返し謝罪するのは当然ではないですか。民族共生象徴空間ウポポイに、エンチウ協会は一切関わっていません」と話す。

 樺太は現在ロシア領で、遺骨を元の墓地に再埋葬する地域返還は、日ロの国際交渉になる。樺太先住民は何度も移住を強いられ、戦後、戸籍でも苦労した。樺太アイヌは1933(昭和8)年に戸籍に組み入れられたが、他の樺太先住民は無戸籍のまま終戦を迎えた。ソ連との戦闘の影響で、樺太の戸籍謄本は6村分しか日本政府は保管していない。戦後、樺太在住日本人の多くは本土に引き揚げたが、北海道に渡った樺太アイヌの人にとっては故郷を離れることだった。戦後「就籍」手続きを余儀なくされており、3代前の名前の記載がないケースさえある。

 「樺太アイヌであることは、国が証明するものではなく、私たち自身が決めること。権利は私たち先住民族にあり、遺骨返還に伴うロシアとの国際関係の問題は国が解決すべき問題であって、私たちの問題ではない」。

 犬ぞりとともに暮らし、独自の五弦琴トンコリを奏で、「トナカイ」など樺太アイヌ語を話していたエンチウの人々。同化政策で伝統の暮らしを失った。田澤さんは約30年前、90歳を越える祖母を背負い、父が書いた地図を頼りにサハリンで墓参をしたことがある。草を切り分けて探し当てた。「祖母が墓参の旅の途中、樺太アイヌ語で話をしていた。みんな樺太に帰りたかったんです」。

 「樺太アイヌ」という呼び方は他者からの呼ばれ方だという。「アイヌ」の樺太アイヌ語での同義語エンチウは「自称」、自分たちの言葉だと田澤さん。日ロの両大国の領土をめぐる歴史のはざまで、樺太(サハリン)で古くから暮らしてきた樺太アイヌやウイルタ、ニヴフら少数先住民族は、独自の言語や名前、なりわいを奪われ、移住を何度も強いられ、「国境」を越え辛酸をなめてきた。