幸徳秋水や北一輝が岩崎革也に送った書簡を収録した冊子(南丹市園部町・市立文化博物館)

幸徳秋水や北一輝が岩崎革也に送った書簡を収録した冊子(南丹市園部町・市立文化博物館)

 京都府京丹波町出身の政治家岩崎革也(1869~1943年)に、幸徳秋水や北一輝が送った書簡を集めた冊子を、南丹市立文化博物館が発行した。社会主義者の幸徳は革也から資金援助を受けており、結びつきの強さを感じさせる一方、北とは物別れに終わっている。革命を志した2人の書簡写真も掲載し、同館は「肉筆ややりとりから歴史的人物の息遣いを感じてほしい」としている。

 書簡は同館が遺族から寄贈を受け、元高校教諭らでつくる「京都丹波岩崎革也研究会」と分析、編集した。書簡集は社会主義者堺利彦に続く第2弾。明治天皇の暗殺を企てたとして大逆事件(1910年)で死刑になった幸徳秋水(1871~1911年)らからの手紙72点を収録した。

 幸徳の書簡では銀行を経営した革也から贈られたマツタケへのお礼状(1903年)から始まり、日露戦争に反対した幸徳と堺が設立した「平民社」への資金援助に感謝を述べている。米国サンフランシスコから出した手紙もあり、親密な関係がうかがえる。

 陸軍青年将校がクーデターを企てた二・二六事件(36年)の黒幕とされて処刑された北一輝(1883~1937年)とは、07、08年の書簡が残る。北は京丹波町の革也邸まで押しかけて中国革命への資金援助を求めている。だが革也は病気を理由に面会せず、北の書簡には「御逆鱗(げきりん)驚入候」とあり、革也が北に激怒したことが分かる。研究会の奥村正男さん(75)は「革也は自分なりの尺度で援助するかを決めていた。良識的知識人だった」と語る。

 書簡集はA4判80ページで500円で販売。6月2日午後2時から、同町須知の道の駅「丹波マーケス」コミュニティーホールで研究会メンバーが革也と社会主義者・政治家とのつながりや地元への貢献について講演する。参加無料。