フェンスに囲われていた当時の御土居の様子=京都市提供、京都市北区

フェンスに囲われていた当時の御土居の様子=京都市提供、京都市北区

子どもが滑り降りるなどして地肌がむき出しになっている御土居の一部(京都市北区)

子どもが滑り降りるなどして地肌がむき出しになっている御土居の一部(京都市北区)

御土居にたてられた注意喚起の看板

御土居にたてられた注意喚起の看板

 京都市北区の大宮交通公園内には、豊臣秀吉が築かせた「御土居(おどい)」の一部が残る。御土居を身近に感じてもらおうと、昨年春の公園再整備に合わせ、遺跡を囲んだフェンスを取り払い、階段を設けて登れるようにした。だが、子どもらが御土居から遊びで滑り降りるなどして地肌の露出が進んでおり、識者らから市の対応に疑問の声も出ている。

 御土居は、秀吉が天正19(1591)年に京都の町を囲むように築いた土塁と堀で、総延長は22・5キロに及んだ。外敵からの防御に加え、洪水や治安対策など幅広い目的があったとされる。

 江戸時代から破壊が進んで存続が危ぶまれる中、保護のため現在は9カ所が国史跡に指定されている。史跡以外で土塁が良好に残っているのは、大宮交通公園と北野中(中京区)の2カ所のみという。

 大宮交通公園の御土居はこれまでフェンスで囲まれていたが、御土居に親しんでもらおうと再整備を機に撤去。2カ所に階段を設置し、御土居の上部を自由に歩けるようにした。

 だがその後、階段以外の側面から勢いよく滑り降りたり、登ったりする子どもらの姿が見られるように。御土居の一部は地肌がむき出しになり、徐々に土が削られている状況だ。

 市みどり政策推進室によると、市や公園の指定管理者の大和リース(大阪市)に対して近隣住民から指摘があったといい、「おどいの階段以外を上り下りしないで」とする注意喚起の看板を新たに設置した。

 同室は「御土居は大切な文化財であり、ルールに従って決められた場所を歩いてほしい。引き続き適切な利用を促すよう、指定管理者にも伝える」としている。

 ただ、母親の1人は「御土居の存在は知らなかったし、看板にも気付かなかった。子どもが大勢集まる場所だし、子どもたちにとっては滑って遊ぶのが楽しい。市が遺跡を保護したいのであればフェンスで囲うべきでは」と話す。

 御土居の歴史に詳しい京都女子大の中村武生非常勤講師(歴史地理学)は「史跡に追加指定するよう、市に長年求めているのにいまだ実現していない。今回の再整備に当たっても放置状態にしており、御土居の側面がズタズタになっているのは市の文化財に対する関心の低さの表れだ」と批判。その上で、「御土居を歩くこと自体は教育上意義がある。フェンスで囲い、許可制にして管理すべきだ」と指摘している。

 <大宮交通公園> 1969年に京都市が開園。昨年4月のリニューアルオープンに伴い、名物だったゴーカートは廃止され、模擬道路を自転車やキックバイクで走り回れる「サイクルパーク」になった。園の整備や運営などを民間に任せ、行政コストの削減を図る「Park―PFI」方式を市内で初めて採用した。園内には自転車店やカフェ、遊具やコミュニティーセンターのほか、隣には京都市北消防署が移転。消火や山岳救助など訓練の様子を園内から自由に見学できる。