木村紀久雄さんが描く。「右手が不自由でも絵は描ける」と話す(京都市北区)

木村紀久雄さんが描く。「右手が不自由でも絵は描ける」と話す(京都市北区)

 利き手が不自由になったり、原因不明で倒れたりするなど、度重なる体の不調を超えて「人に喜んでもらえるとうれしい」と絵を描き続ける男性がいる。「利き手が動かなくなっても、別の手がある。全く落ち込まない」と笑顔で語る男性に話を聞いた。

 京都市北区の木村紀久雄さん(77)。

 1975年に市内でデザイン事務所を開き、2016年に閉鎖するまでグラフィックデザイナーとして活躍。現役中にホワイトボードや給料明細袋に書いた落書きが注目され、現在はイラストと絵画の創作をしている。

 大きな転機は、脊柱管狭窄(きょうさく)症を発症したこと。神経の通り道が狭くなることで神経が圧迫されて不調をきたす疾患だ。「足が痛くて動けなくなったり、しびれたり、転んだりして。腰と首の2カ所にできていました」

 16年6月に腰部を手術したが、症状は改善せず悪化し、18年11月に首部も手術した。その1週間後、数日間に渡って右腕に激痛が走った後、右手の指が開かなくなった。検査をしたが、原因は分からない。現在も親指は動かず、指先にしびれが残るなど、全快していない。

 「顔を洗うのは片手やし、ご飯を食べるのも補助箸やフォークで突き刺すしかできないので、とても不便です。治るか治らないか分からないけれど、落ち込まない。入院先には僕よりもっとひどい状態の人がいっぱいいて、僕が落ち込むのは失礼と思ったからです。それに『いつか治る』と思ってもいるのです」

 2カ月余に及ぶ入院生活で、木村さんが取り組んだのが、リハビリ帳と名付けたノートにイラストを描くこと。当初は「右手が動かなかったら左手で描いたらいいやん」と左手のみだったが、周囲から「両方できたらいい」とのアドバイスを受け、右手、左手それぞれでペンを握った。

 主に描いたのが、猫に例えた自身の絵だった。パジャマを着たり、リハビリしたりの日々を表現した。退院日に向かうにつれ、担当医師やコップなどベッド周りも描くように。ユーモラスな絵は看護師や医師の間でも評判になった。

 ミニ個展を控えていた今年2月、原因不明で倒れ、入院を余儀なくした。「開催させてもらえるなら、(個展を)したい」と退院1カ月間で約120枚を描き、今年3月に個展を無事終えた。いずれも猫の絵で、リハビリ帳からインスピレーションを得たものだった。

 今も週に2度、リハビリをしているが、焦りはない。「人間って何かを失っても次のことができる。そんな可能性を感じます。しんどいことがあっても、必ずいいことがある。実際、手が不自由になって描いた猫の絵が僕は好きです。手が動かなくなったらグーで描いたらいいし、それもダメになったら足で描けると思います」