映像に写っていた浦上天主堂。被爆前の映像は国内2例目とみられる(おもちゃ映画ミュージアム提供)

映像に写っていた浦上天主堂。被爆前の映像は国内2例目とみられる(おもちゃ映画ミュージアム提供)

映像に写っている浦上天主堂に集まる子供たち

映像に写っている浦上天主堂に集まる子供たち

 長崎市への原子爆弾投下で破壊された浦上天主堂の被爆前の映像が、京都で確認された。被爆以前の浦上天主堂を写したフィルムは珍しく、今回確認された映像は国内最古級とみられる。長崎の歴史や映像に詳しい専門家は「当時の町並みは写真でも残っておらず、家の造りもよく分かる貴重な映像だ」と話す。

 5年ほど前に長崎県雲仙市の医療法人経営、菅典義さん(81)がおもちゃ映画ミュージアム(京都市中京区)に寄贈した。菅さんによると、父の故・重義さんが写したという。

 映像は約1分。ミュージアムの分析では、前後の映像から1935年ごろの撮影とみられる。浦上天主堂付近の家並みや、天主堂に集まってくる子どもたち、堂内から出てくる着物姿の女性たちが写っている。

 映像はパテベビーと呼ばれる9・5ミリフィルムで撮影されていたが、ミュージアムが昨年デジタル化。今年3月に大阪市で開かれた大阪アジアン映画祭で「おもちゃ映画で見た日中戦争」の一部として上映された。

 戦中戦後の長崎や当時の映像に詳しい市民団体「ピースバトン・ナガサキ」(長崎市)の松田斉副代表によると、被爆以前の浦上天主堂の映像は、これまで太平洋戦争中のプロパガンダ映画でのみ確認されている。今回の映像は2例目となり、35年ごろの撮影とすると最古級となる。

 松田さんは「映像に写る浦上天主堂付近の町並みは写真でも残っていない。プライベートフィルムとしてよく撮れている」と評価する。

 おもちゃ映画ミュージアム代表で大阪芸術大元教授の太田米男さんは「戦前の映像はアーカイブ化がなされておらず、今回のように家庭に眠っていることが多い。まだまだ珍しい映像が個人宅に残っているのではないか」とさらなる発見に期待を込める。

 浦上天主堂 キリスト教徒の多い長崎市浦上地区にある教会。1895年に建設に着手し、1914年、東洋一のれんが造りのロマネスク様式大聖堂として完成した。45年8月の原爆投下で爆心地から約500メートルの場所にあった天主堂は大きく破壊された。現在の建物は59年に鉄筋コンクリートで再建され、80年にれんがタイルに改装された。