線路が撤去される前の小野谷信号場。本線の横に側線が取り付けられていた(2012年9月撮影)=信楽高原鉄道提供

線路が撤去される前の小野谷信号場。本線の横に側線が取り付けられていた(2012年9月撮影)=信楽高原鉄道提供

滋賀県甲賀市

滋賀県甲賀市

 1991年5月の信楽高原鉄道(SKR)列車衝突事故の記憶をとどめていた滋賀県甲賀市の小野谷信号場の施設が撤去された。SKR列車が信楽駅を赤信号で、またJR西日本の列車が単線の唯一の行き違い場所だった同信号場を青信号でそれぞれ出発して大惨事が起きた。事故後は使われず、4年前の廃止認可後、市が撤去を進めていた。跡地には桜が今年植えられ、SKRは「反省と教訓は継承し、未来に向かって走りたい」としている。

 小野谷信号場は信楽町での世界陶芸祭に向け、JR西の列車乗り入れによる輸送力増強のため貴生川-紫香楽宮跡間に91年3月に整備された。運用にあたってはJR西とSKRのそれぞれが相手に知らせずに無認可で信号制御システムを改造。同年5月14日、SKR列車が信楽駅を赤信号で出発したのに誤出発検知機能が働かず、対向列車と正面衝突して42人が死亡し、614人が負傷した。同年12月の運行再開後からは信号場は使用されなかった。

 SKRによると、鉄道施設は一度廃止すると再認可は難しいため「すぐには使えない状態」(担当者)という事故当時のまま設備を残していたが、利用計画はなく、維持管理費も要することから、施設を有する甲賀市と廃止手続きに入ることを決定。2018年11月に国土交通省から認可が下りたため信号設備や脇線線路などの撤去を順次進め、21年度までに完了した。今年2月、沿線環境整備の一環として市の委託で跡地に樹高4~6メートルの桜8本を植樹し、4月には花を早速咲かせた。

 信楽列車事故は14日で31年を迎え、記憶の継承が課題となっている。SKRでは月命日に従業員が犠牲者追悼慰霊碑に参拝し、安全教育を定期的に行っている。正木仙治郎社長は「厳しい経営環境の中だが、事故で学んだ教訓を生かしてこれからも安全運行を続ける」と話している。