原爆投下後の状況や戦争反対への思いを語る箕牧さん(京都府亀岡市内丸町・亀岡中)

原爆投下後の状況や戦争反対への思いを語る箕牧さん(京都府亀岡市内丸町・亀岡中)

 修学旅行の平和学習で3年生が広島を訪れる京都府亀岡市の亀岡中(内丸町)と南桑中(薭田野町)で、3歳の時に被爆した広島県原爆被害者団体協議会の箕牧智之理事長(80)の講演会があった。原爆投下後の悲惨な状況を証言し、生徒に「将来日本が戦争しそうになったら反対してほしい」と何度も訴えた。

 箕牧さんは1942年に東京で生まれた。45年3月に東京大空襲に遭い、父の出身地だった現在の広島市安佐北区に疎開した。

 8月6日は同市から約17キロ離れた家の前で遊んでいて、投下された瞬間は「雷の光かな」としか感じなかったという。午後3時ごろになると、髪がぼさぼさで衣服や肌がボロボロの人たちが次々と通りがかり「怖くて家の中に逃げ込んだ」と振り返った。

 国鉄の広島機関区で働いていた父が帰って来ず、翌日には母に連れられ市内に探しに出かけた。父は無事だったが、大量の放射能を浴びた。また街中にあった多数の遺体が身元を確認することなくトラックで山に運ばれ焼かれていた様子も語った。

 亀岡中では170人が耳を傾けた。終了後に生徒の代表が「別れを告げられないのが当たり前だったと思うと心苦しい。現地で考えをさらに深めたい」と感想を述べた。