全半焼したウトロ地区の空き家など(宇治市伊勢田町)=2021年8月31日撮影

全半焼したウトロ地区の空き家など(宇治市伊勢田町)=2021年8月31日撮影

 ウトロ地区 1940年から京都飛行場建設に集められた在日朝鮮人労働者たちの飯場跡に形成された集落。終戦で飛行場建設は中止されたが、戦後の社会的混乱の中で帰国できなかった人たちが集住した。1989年、土地を所有する企業が明け渡しを求めて提訴。2000年に住民側の敗訴が確定し、不法占拠状態になったため、住民側は国内外の募金や韓国政府の出資をもとに土地の3分の1を購入。17年に住民が暮らす市営住宅が新設された。