戦後27年間にわたり米国の施政権下にあった沖縄県が日本に復帰して、きょうで50年になる。

 この間、美しい海に囲まれた観光地として発展し、遅れていたインフラ整備が進んだ。

 だが、今なお在日米軍専用施設面積の7割が集中し、復帰時に住民が希求した「基地のない平和な島」とはほど遠い。

 「世界一危険」とされる普天間飛行場(宜野湾市)の返還は、日米合意から26年たっても実現していない。代替地の辺野古沖(名護市)移設は、3年前の県民投票で「反対」が7割を超えたにもかかわらず、国が強行している。

 米軍に絡む危険と隣り合わせの暮らしは変わらず、基地を巡る歴代政権と県側の間の溝はますます深まっている。これらの課題にあらためて向き合わなくてはならない。岸田文雄政権は基地縮小への明確なビジョンを示すべきだ。

 玉城デニー県知事は先日、「建議書」を岸田首相に手渡した。復帰の前年に当時の琉球政府がまとめたのを踏襲し、沖縄の願いを込めた。半世紀たっても広大な基地が残る現状を「差別的」とし、基地の整理縮小や日米地位協定の抜本的見直しなどを訴えた。

 「不平等」県民の8割

 沖縄の米軍専用施設面積は復帰時と比べて約3分の2に減ったが、本土にある基地の縮小が進んだため、全国で占める割合は58%から70%へと拡大している。

 共同通信による最新の世論調査では、復帰後の県の歩みに「満足していない」と答えた県民が55%に上り、うち40%が「米軍基地の整理縮小が進んでいない」を理由に挙げた。他の都道府県と比べて基地負担の不平等さを感じているという人は83%にのぼった。

 県民が抱く不満を沖縄以外の国民も「わが事」として考えねばならない。

 岸田政権が取り組むべきは、県との関係を修復し、沖縄の基地負担軽減を実現することだ。

 国と県の対立が顕著なのが辺野古移設工事だ。国は海底の軟弱地盤への対応で設計変更を申請したが、最深部の地盤調査すら実施していない。県が変更を認めないとしたのは当然だろう。

 仮に辺野古に新基地ができたとしても、規模から普天間飛行場の代替施設にはならないのではないかとの見方も出ている。

 歴代政権は「唯一の解決策」と繰り返してきたが、普天間飛行場の危険除去を先送りしているだけではないか。県と対話を進め、計画が妥当かどうか立ち止まって考えるべきだ。

 中国の軍事的台頭で台湾有事が懸念され、ロシアによるウクライナ侵攻も長期化する中、米国や近隣の同盟国と連携し、広い視野で沖縄の基地の在り方を議論していくことも求められよう。

 基地問題への県や名護市の姿勢によって、政府が沖縄振興予算や米軍再編交付金を増減する「リンク論」も近年、露骨になっている。カネで沖縄を分断するような手法は政治への信頼を損なう。住民の反発が増せば、かえって安全保障への理解は遠のく。

 日米地位協定が壁に

 米軍基地に起因する被害は多岐にわたる。軍用機の騒音は常態化し、米軍関係者による犯罪や交通人身事故は後を絶たない。

 普天間飛行場そばでは2004年にヘリが大学に墜落して炎上、17年には小学校にヘリの金属製窓が落下した。有害物質を含む汚水がたびたび外部に流出している。

 昨年末に新型コロナウイルスのオミクロン株が沖縄でいち早く感染拡大したのは、日本の検疫が及ばない基地内のクラスター発生が由来と指摘される。

 これほど国民の生命が脅かされる事案が起きていても、日米安保を優先するあまり、政府の対応はどこか及び腰に映る。壁になっているのが、米軍の地位や基地運用を定めた日米地位協定だ。

 県によると、ドイツやイタリアなどの米軍基地では原則、国内法が適用されるが、日本では基地の管理権は米側にある。協定は1960年の発効以来、一度も改定されていない。主権国家として本気で見直しに取り組む必要がある。

 沖縄経済は米軍基地に依存していると思われがちだが、県民所得に占める基地関連収入の割合は5%まで低下している。米軍関連施設が返還された跡地は商業施設や住宅街に生まれ変わっている。返還がさらに進めば産業振興の整備にもつながるだろう。

 高い貧困率に対策を

 一方、県民所得は全国最下位で、子どもの貧困率は平均の2倍だ。格差解消に向けて、政府が実施する沖縄振興政策でしっかり支援してもらいたい。

 太平洋戦争中、大規模な地上戦が繰り広げられた沖縄では、子どもや女性を含めて県民の4人に1人が犠牲になった。ウクライナ侵攻の惨状に沖縄戦を重ねる人がいることにも思いを寄せたい。

 だからこそ、新たな建議書は、「平和で豊かな島」の実現を第一に掲げている。沖縄をアジア太平洋地域の軍事的要衝として捉えるだけでなく、平和的な外交・対話の場として位置付けられるかが問われている。