3月1日、キーウ市側から京都市の担当者に届いたメール。京都市民への感謝の言葉がつづられている(画像を加工しています)

3月1日、キーウ市側から京都市の担当者に届いたメール。京都市民への感謝の言葉がつづられている(画像を加工しています)

【写真】ロシア・ナホトカと姉妹都市提携を結ぶ舞鶴市

【写真】ロシア・ナホトカと姉妹都市提携を結ぶ舞鶴市

 ロシアによるウクライナ侵攻で、両国の都市と姉妹提携を結ぶ京都の自治体が、戦争当事国となった交流相手の対応に苦慮している。ウクライナの首都キーウ(キエフ)と日本で唯一、姉妹都市となっている京都市は手探りの支援を続ける一方、京都府舞鶴市は、ロシア極東ナホトカとの交流再開が見通せない状況に直面している。

 侵攻直後の2月末、京都市国際交流・共生推進室の職員は、交流の窓口となっているキーウ市の担当者にメールを送った。深い憂慮を伝え、寄付金の送付先を問うと、3月1日に返信があった。謝意と口座番号が記され、「自由で平和なキーウで再会したいですね」と結ばれていた。その後、メールが途絶え、SNS(交流サイト)をたどって連絡を再開できたのは3月下旬。4月6日の両市長のオンライン対談へとこぎつけた。

 両市は1971年に姉妹提携を結んだ。10年ごとの節目を中心に双方が訪問し、バレエなど主に文化芸術分野で交流を続けている。今回の侵攻以降、京都市には国内の他の自治体から支援方法を尋ねる電話やメールが相次いだが、「私たちが問い合わせをする先がなかった」(同室の西松卓哉室長)。前例がない中で、献花台設置や寄付の募集、関係団体との支援組織づくりなどに動いた。

 3月に受け付けを始めた寄付金は約5700万円に達した。駐日ウクライナ大使館など国レベルの窓口ではなく、生活や文化の復興のためキーウ市側へ直接送る方針をとったが、確実に届くかどうかを日本の金融機関と慎重に見極めるために時間を要し、5月13日に最初の送金ができた。

 コロナ禍で断念した50周年の記念事業は、22年度に改めて予算を計上し、調整中だった。西松室長は「京都での支援の広がりは今後の太いつながりとなると思うが、50周年の事業を具体的にどうするかなどは状況をみながら検討するしかない」と話す。

■「即座に解消を」の声も

 京都府舞鶴市は3月上旬、ロシアの侵攻に対して「容認できない」とする多々見良三市長のメッセージを出した。市役所には「即座に姉妹都市関係を停止、解消を」「長く守ってきた関係なので交流は大切に」など、さまざまな声が寄せられているという。

 旧ソ連と日本の都市で最初に姉妹提携を結んだのが、1961年の舞鶴とナホトカだった。日本兵の引き揚げで生まれたつながりが縁となり、青少年の文化、スポーツを中心に交流が続く。

 60周年の節目もコロナ禍で相互訪問を断念しただけに、多々見市長は「今までの友好関係を全くほごにして『二度と付き合うか』とは言えない。早く平和が訪れてほしい」と事態の沈静化を願っている。