少年兵として長崎市で被爆者の救助にあたった経験を話す岩永さん(写真中央)=京都市中京区・こどもみらい館

少年兵として長崎市で被爆者の救助にあたった経験を話す岩永さん(写真中央)=京都市中京区・こどもみらい館

 太平洋戦争の恐ろしさや被害実態を伝える「原爆と戦争展」が、2、3両日に京都市中京区のこどもみらい館で開かれた。3日には、原爆が落とされた長崎市で少年兵として被爆者の救助に当たった岩永豊さん(88)=伏見区=が、語り部として凄惨(せいさん)な体験を伝えた。

 岩永さんは長崎県諫早市出身。15歳の時、原爆投下の翌日から救助や遺体を運ぶ作業に従事し、入市被爆した。街中が焼け焦げて褐色になり、性別も分からない遺体が無数に横たわっていたという。建物に手を挟まれた女性を助けるため、上官の命令によりナイフで手を切断した時のことは「今でも夢に見る」と語った。岩永さんは「戦争で惨めな死を遂げた人や、その家族は本当に大変な思いをした」と振り返り、訪れた親子連れなど約30人に「知恵を絞り、努力をしなければ平和は守れない」と訴えた。

 同展は市民でつくる「京都原爆展を成功させる会」が開き、戦争の実態を伝えるパネルや戦時中の物品を展示した。