インパール作戦について回想録を見ながら語る今井さん(南丹市園部町)

インパール作戦について回想録を見ながら語る今井さん(南丹市園部町)

 太平洋戦争の旧日本軍による「インパール作戦」に従軍した京都府南丹市園部町小桜町の今井冨佐三さん(97)が実体験を語る「平和のための集い」が6月15日、同町の市国際交流会館で開かれる。今井さんは「無謀な作戦で多くの犠牲者が出た。戦争の愚かさを伝えたい」と話している。

 インパール作戦はビルマ(現・ミャンマー)を占領した旧日本軍が中国への物資補給路を断つ目的で、イギリス軍が防衛するインド北東部のインパールの攻略を目指した作戦。1944年3~7月に行われ、3万人以上が死亡したとされる。

 今井さんが所属した31師団はインパール北側のコヒマ制圧を目指して3月に出発した。食糧にするために牛を連れて行ったが、途中の大河やインド国境の2千~3千メートル級のアラカン山脈を越えなければならず、牛は山道から落ちるなどして全滅。今井さんは20日分の重い米を持って徒歩でコヒマに到着したという。

 コヒマで戦闘となった英軍は戦車があり、飛行機で毎日、弾薬や食糧、水を補給していた。日本は補給はなく、現地住民の食糧を奪い、キノコや雑草を食べて飢えをしのいだ。

 6月に師団長が独断で撤退を決断。雨期に入ってマラリアや赤痢で次々と戦友が動けなくなり、「迷惑がかかると、手りゅう弾で自殺した」と証言する。撤退路は「白骨街道」となり、遺体に野の花を手向けて冥福を祈るのが精いっぱいだった。今井さんは「ほとんどが飢えや病気で亡くなった。戦争を絶対にしてはだめだ」と力を込める。

 集いは「憲法9条そのべの会」が主催し、昨年12月に同会のメンバーらがコヒマやインパールを巡った旅の報告もある。入場無料。午後1時半から。