猫の手も借りたい-。忙しさが高じて思わずつぶやいても、本気で3本目の腕がほしいと願う人は多くはいないだろう。だが、この夢を実現しようとしているベンチャー企業がある。「腕がもう1本あれば作業も効率的にできる。2本腕は不自由」。社長の男性は語る。いったいどんな未来を思い描いているのか…。
腕にセンサーを着けた記者が手をグーの形にすると、ウィーンという音をたててすぐそばのロボットハンドが同じ形を取った。複雑な操作は必要なく、精巧な動きと比べて拍子抜けした。東京都渋谷区。古めかしいマンションの一室にあるベンチャー企業「メルティンMMI」のオフィスだ。
「のどなど腕以外にセンサーを着けても操作できる。将来、掃除機をかけながら離れた台所に置いたロボットハンドで皿を片付けられるようになります」。粕谷昌宏社長(29)が説明してくれた。筋肉に生じる電気活動を感知して動き、12種類の動作を実現できる。障害の有無にかかわらず、ニーズを見込む。
iPS細胞(人工多能性幹細胞)などを活用した再生医療は失われた組織の機能の復元を目指すが、同社の狙いはロボットハンドなどの技術を使った「身体の可能性の拡大」にある。小さい頃から物作りが好きだったという粕谷社長は、「会話を通して他人と複雑な共同作業をするよりも、自分の意思で動く腕がもう1本あれば便利なのに」と感じてきた。
記者自身は、2本の腕で不自由を覚えたことはない。3本目の腕を求めるニーズは多く見込めるだろうか。「SNS(交流サイト)だって昔の人は必要性を認めなかったけど、今は誰もが親しんでいます。ロボットハンドも、使い始めれば元の生活に戻れないのでは」。粕谷社長はきっぱりと答えた。センサーの性能などを向上させ、5年後の販売を目標としている。
人間と機械の融合は既に進んでいる。心臓ペースメーカーや人工関節などを体内に設置する治療は、広く普及している。こうした医療の延長に、ロボットハンドを位置づけられる。
「身体と機械が融合する『サイボーグ化』の流れは止められない」。医師で医療思想史を研究する佛教大の村岡潔教授(68)は指摘する。古代から木製の義肢などの利用はあり、技術の進展に合わせて身体との融合を深めてきた歴史があるからだ。失われた身体機能の回復と増強は違うようにも思えるが、村岡教授は「『治療』の定義は多様。身体と機械の融合で『これ以上は治療でない』と区切るのは難しい」とみる。
身体の改造が広がることでマイナス面もある。「身体機能の増強は、現状の自分の否定を出発点にする。行きすぎれば、ありのままの自分を認められない風潮が強まる」。富裕層しか技術を活用できない可能性も高い。身体機能の上昇志向が社会を覆い、能力格差が広がることを危惧する。
「便利さ」を求めて身体機能を増強する試みには、期待と懸念が交錯する。技術の進展の先にあるのは「すばらしい新世界」だろうか。
連載「いのちとの伴走」では、iPS細胞が社会に及ぼす影響を探ってきた。一方で、ロボットや脳を扱う科学は既に私たちの生命観に変容をもたらしている。最後となる第6部では、現代科学が変えつつある「生の形」の全体像を描き出したい。
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