最高裁は、ツイッターで閲覧できる男性の逮捕歴について、投稿(ツイート)を削除するよう、米ツイッター社に命じた。

 判決は、ツイートは長期間の閲覧が想定されておらず、男性が逮捕歴を公表されない利益は一般に閲覧させ続ける理由を上回るとした。

 インターネットが社会基盤となり、個人情報が瞬時に拡散し、簡単に検索できる現在、いつまでも残る過去の過ちや不名誉な情報が社会生活に及ぼす影響を考えての判断だろう。

 欧州などでは、自分の情報は自分で管理するという考え方が強く、今回の判決はそうした潮流に沿ったものといえる。ネット上の個人情報の削除を求める「忘れられる権利」をどう位置づけるのか、議論を深めることが必要だ。

 ネット上の情報を巡っては、2017年に最高裁が、プライバシー保護が情報公表の利益より「明らかに優越する場合」に限り、検索結果を削除できるとの厳格な基準を示した。そのため、以後はほとんどの削除請求が認められない状況が続いていた。

 今回の判決では、男性の逮捕から二審の審理終結時点まで約8年が経過し、逮捕の事実は公共の利害との関わりが小さくなったと指摘。ツイートは速報目的で、転載された報道記事が既に削除された点なども重視した。

 今後は、ツイッターやフェイスブックなど、検索サイト以外に残る個人情報は削除が認められる可能性が高いとみられる。

 ただ最高裁は、どんな犯罪で、どれくらい期間がたてば公益性が薄れるのかなど、具体的な基準は示さなかった。引き続き削除請求が個別に判断されることになる。

 欧州では、個人データの管理を厳しく規制する保護規則が18年に導入され、企業が集めた個人情報を消去させるなどの権利を市民に保障している。

 日本でも20年に、個人データを利用する企業の責任を重くした改正個人情報保護法が成立した。

 だが、「忘れられる権利」についての議論は低調だ。昨年成立したデジタル改革関連5法の国会審議では、権利の保障を求める野党に対し、政府は「議論が熟していない」として応じなかった。

 ネット情報の安易な削除は、知る権利や表現の自由の制約につながる恐れもある。

 公益性の確保とプライバシー保護をどう両立させるのか。海外の事例も参考にしながらルールづくりについて議論してほしい。