たかぎし・あきら 1971年生まれ。日本美術史、中世絵画史、絵巻研究。『室町絵巻の魔力』(吉川弘文館)で日本学術振興会賞。著書に『室町王権と絵画』(京都大学術出版会)ほか。

 京都国立博物館で開催中の展覧会「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」(11月24日まで)。百年ぶりに大集合した佐竹本を見て印象に残ったのは、余白の広さ、歌仙たちの個性のつかみにくさ、複数の身体の輪郭パターンが連続する全体の律動感だ。佐竹本成立の謎に迫る鍵はこの三つにある。

 なぜ余白が広いのか。鎌倉時代の一般的な絵巻は縦幅が30センチ強であるのに対し、佐竹本は36センチ前後と2割ほど大きい。しかし描かれた歌仙たちは絵巻の標準的な人物のサイズにとどまっている。その結果、歌仙の周囲には広々とした余白が生まれた。余白からは歌に詠まれた情景が浮かび上がってくるようだ。

 画面に近づいて顔を見比べてみよう。歌仙一人一人には微妙な相違があるもののいずれも端正な容貌で、個性的とはいえない。表情から心の動きを読み取ることも難しい。展覧会場で、「公家列影図(こうけれつえいず)」(京都国立博物館蔵)と比べてみるとよい。

 ここに描かれた公家たちには、老若、美醜、体形の特徴だけでなく、人格までもが暴き出されたかのように生々しく個性が表現されている。鎌倉時代に流行した似絵(にせえ)とは、こういうものであった。一方で、佐竹本の人物に俗臭は一切なく、まるで神々のようにたたずむ。歌仙の「仙」の字が意味する、才芸と清雅を極めた理想の人物像がここにある。

 画面から離れて、ずらりと並んだ掛軸(かけじく)を見てみよう。均一のスケールで描かれた人物の姿勢にはいくつかのパターンがあり、それらが交互に現れることで心地よいリズムが生みだされる。通常、絵巻は水平に開かれるから近接して見ることしかできないが、1919年の切断により掛軸に改装されたことで、垂直の壁面に掛け、遠望することが可能になった。制作当初には意図されなかった方法で一望すると、パターン反復という絵巻の全体構想が期せずして浮かび上がってくるのだ。

 平安末期の絵巻には、「年中行事絵巻」のように大きな縦幅をもつもの、「信貴山縁起絵巻」のように同一構図の反復を行うものがある。こうした先例を踏襲することで、王朝絵画の古典性を再生させようとしたのが佐竹本ではなかったか。

 鎌倉後期には勅撰(ちょくせん)和歌集が次々と編まれた。天皇家の分裂や武家の台頭により危機に瀕(ひん)した京都の公家たちは、文化の力によって求心性を高めようとしたのだ。平安絵巻を規範に、歌仙絵の決定版を目指した佐竹本は、勅撰集に匹敵する企画であったといえよう。(東京大人文社会系研究科准教授)