アルバムに収められていた家族写真。右から3人目の袖なしシャツ、半ズボン姿の少年が保さん

アルバムに収められていた家族写真。右から3人目の袖なしシャツ、半ズボン姿の少年が保さん

 太平洋戦争で戦死した陸軍兵四方秀雄さんが持っていたアルバムがこのほど、弟の保さん(89)=京都府綾部市多田町=ら遺族に、米国の団体から返還された。遺品となったアルバムには、戦地の秀雄さんを励まそうと家族10人で撮った写真が収められていた。「兄さん、お帰り。長い間ご苦労さまでした」。戦後74年を経ての「帰還」に保さんは涙した。

 秀雄さんは1944年末~45年初頭にフィリピンのレイテ島で戦死した。24歳だった。詳細は不明。遺骨も遺品も残っていない。保さんら遺族は今年9月、日章旗など旧日本兵の遺品を遺族に返還している米国の非営利団体「OBON(オボン)ソサエティ」からアルバムの存在を知らされた。
 アルバムには写真が約20枚収められていた。うち1枚は秀雄さんの父母、保さんらきょうだいなど10人が田んぼに並ぶ家族写真。「覚えてます。みんなで撮った。戦地の兄さんを励まそうと送ったのだと思います」。保さんは10歳離れた兄との思い出がほとんどない。だが、写真を見たとたん、感情がこみ上げた。
 アルバムはケニア在住のジャラット・チョプラさん(55)が英印軍将校だった大叔父の足跡を調べる中で関係者から託された。「あるべきところに返したい」と持ち主を約30年間探し続けた末、OBONソサエティに7月に調査を依頼。アルバムに収められていた新聞記事から秀雄さんの遺品と分かった。
 秀雄さんの故郷・多田町の農業振興センターでこのほど行われた返還式では、チョプラさんがアルバムを保さんに手渡し、拡大した写真を見ながら思いを語り合った。家族写真に写る保さんの弟の旬(ひとし)さん(84)と昊(ひろし)さん(82)らも見守った。
 保さんは「感無量。レイテ島では米軍の艦砲射撃がすさまじく、兄も砲撃で亡くなったのではと思っていたが、アルバムがこれほどきれいに残っていたなら、兄は苦しまずに死ねたのかもしれない」と目に涙を浮かべた。チョプラさんは「アルバムの返還がご遺族に心の平安をもたらし、未来につながる節目になれば」と、ほっとしていた。