職員派遣への感謝のため京都府南丹市を訪問し浪江町の置かれた現状について語る馬場有町長(2012年1月、南丹市役所)

職員派遣への感謝のため京都府南丹市を訪問し浪江町の置かれた現状について語る馬場有町長(2012年1月、南丹市役所)

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故によって大きな被害を受けた福島県浪江町の前町長で、任期途中で亡くなった馬場有(たもつ)さんをしのび、同町の復興を食で支援する催しが没後1年の27日、京都市上京区一条通御前西入ルの食堂「魔法にかかったロバ」で開かれる。郷土食の提供などを通じて馬場さんが尽力した浪江町の復興や福島県の現状について知ってもらおうと、同町出身者らが催す。

 馬場さんは2007年12月に町長に就任した。1期目の11年3月に震災と原発事故が起き、住民避難の陣頭指揮を執った。以後、復興や住民帰還に力を尽くす傍ら、京都をしばしば訪れ府内各地で町の現状や復興について講演した。3期目の17年12月ごろから体調を崩し、18年6月13日に「30日付で辞任する」との辞表を提出したが、在職中の同27日に胃がんのため69歳で亡くなった。

 催しは関西福島県人会のメンバーらが中心となって開く。当日は同町の名を冠した「なみえ焼(やき)そば」や福島県の郷土食「いかにんじん」、同県各地の地酒などがメニューに並ぶ。また、同会メンバーらが浪江町の復興の進み具合についてパネルで紹介するほか、馬場さんと親交のあった人が思い出や人柄を語る。

 催しは27日午前11時~28日午前0時。馬場さんの幼なじみで主催者の一人の岡部正則さん(70)=右京区=は「浪江町は震災前には2万1千人の人口があったが、震災後8年たって4千人ほど減ってしまった。町内の多くのエリアが避難指示区域で復興は立ち遅れている。京都の人に浪江への関心を高めてもらうきっかけにしたい」と話す。