東京電力はきのう、福島第1原発でたまり続ける「処理水」を海洋放出する設備の本体工事を始めた。沖合約1キロに流すための海底トンネル掘削などを進める。来春ごろとしてきた放出時期は、来夏に遅れる可能性があるという。

 風評被害を危ぶむ漁業関係者らの反対は、依然強い。放出に向けて既成事実を重ねる政府や東電の手法は、不信に拍車をかけている。なし崩しで放出を強行するような事態は避けねばならない。

 同原発では、事故で溶け落ちた核燃料への注水に加え、原子炉建屋に流入する雨水や地下水と合わせて放射性物質を含んだ「汚染水」が日々生じている。浄化した上で、処理水として約131万トンを千基余りの構内タンクに保管するが、「来秋ごろ満杯になる」と東電は主張している。

 政府は昨年4月、海に放出すると決定。東電が同12月、原子力規制委員会に申請した実施計画は、先月認可された。処理水には、現在の技術で浄化できない放射性物質トリチウムが残っているが、国基準の40分の1未満に海水で薄めるとしており、規制委は安全上の問題はないと結論付けた。

 漁業者らの最大の懸念は、たとえ科学的には安全だとしても、国内外の理解は進んでおらず、不安を感じる消費者らが福島の魚を敬遠しないかという点にある。

 過去には浄化済みとした処理水にトリチウム以外の放射性物質が残っていたり、全国漁業協同組合連合会(全漁連)会長が菅義偉首相(当時)に反対を伝えた直後に海洋放出を発表したりして、政府や東電との溝も深いままだ。

 今回の放出設備では「環境工事」との名目で先行着手しており、巨大な掘削機などが設置済みだ。地元から、誠意を感じないとの声が上がるのも無理はない。

 政府と東電は2015年、福島県漁連に「関係者の理解なしに、いかなる(処理水の)処分もしない」と約束した。県と原発が立地する双葉、大熊両町は着工を了解したものの、風評被害を防ぐための正確な情報発信を政府に要求。「国民、県民の十分な理解が得られていない」と訴える。中国や韓国も海洋放出に反発している。

 岸田文雄首相は4月に全漁連会長と会談して理解を求めた以外、動きが見えない。見切り発車の放出は混乱を招く上、先行きが不透明な原発の廃炉作業に大きな傷痕を残す。政府と東電は、国内外の懸念に応える十分な説明と発信に手を尽くすべきだ。