住民らが避難したガマからイメージした絵「GAMA」

住民らが避難したガマからイメージした絵「GAMA」

京都の地から沖縄を描き続けてきた池田さん(京都市上京区)

京都の地から沖縄を描き続けてきた池田さん(京都市上京区)

沖縄の風景から描いた「OKINAWA」

沖縄の風景から描いた「OKINAWA」

 23日は、74年前に沖縄戦の組織的戦闘が終結した「沖縄慰霊の日」-。京都市左京区在住の日展会員の洋画家池田良則さん(68)は、戦地をたどりつつ沖縄の絵を京都の地から描き続けている。住民らが避難したガマ(洞窟)を題材とした絵などを描き、「地上戦があった沖縄について絵から何かを感じてほしい」と願いつつ、現在は米軍基地建設が進む辺野古の海を描く思いを抱いている。

 学生時代、まだ返還前の沖縄を訪れた京都市出身の池田さんは、その色彩の豊かさに驚いた。「光」の部分を求めて沖縄に通い、スケッチを重ねた。反戦を訴え続けた随筆家故岡部伊都子さんと親交が深く、一緒に訪れて戦場となった沖縄の住民や文化人の話を聞いていくうちに戦争の記憶の「影」を深く感じ取るようになった。

 1996年には初めて沖縄を題材とした「黒い服(月桃の花)」を日展に出展。2015年からはシリーズで沖縄をテーマにガマから着想した「GAMA」や現地の風景から想像を膨らませた「OKINAWA」などの作品を発表した。

 2017年夏に沖縄戦をテーマにした京都新聞の連載記事「『石』の来た道」を読み、京都の兵士がたどった道のりも追体験した。第62師団(石兵団)で京都の兵が多く戦死し、「京都の塔」がある嘉数高地(宜野湾市)では米普天間飛行場を見下ろした。激戦が繰り広げられた前田高地(浦添市)でも死者の思いを感じ取った池田さんは「本土からフィルターを通じて見る沖縄との温度差を感じる。絵は写真ほど直接的ではないが、逆のフィルターでストレートではない絵にして訴えたいと考えた」という。

 今も現地に出向くと、商業開発で形を変え、戦争の記憶が薄れていく沖縄の姿に胸を痛める。一方で辺野古では、米軍普天間飛行場の移設先として埋め立て工事が進む。「戦争の痕跡が次々と風化していくことにあせり、今、描かないとという気持ちがある。埋め立てる前の辺野古の海も見てきた。工事の途中で形を変えていく姿を描きたい」と考えている。