公共交通機関の安全づくりに、大きな足跡を残したといえる。

 1991年5月の信楽高原鉄道事故の遺族らでつくる「鉄道安全推進会議(TASK)」が解散した。事故の原因究明の方法や被害者支援などに一定の成果を上げたが、メンバーの高齢化が進み、役割を終えることにしたという。

 事故当時にはなかった鉄道事故調査の常設機関設置を国に求め、法的権限を持つ国土交通省の航空・鉄道事故調査委員会(現・運輸安全委員会)設立につなげた。

 明石市の歩道橋事故や尼崎JR脱線事故などの遺族とも交流し、事故調査の情報公開や被害者支援の法的整備などを求め続けた。

 重大事故の調査や安全対策、さらに被害者保護のあり方を大きく転換させたことは間違いない。

 同会議の理念や取り組みを、交通事業や運輸行政に携わる全ての関係者は胸に刻んでほしい。

 事故の刑事責任を追及することよりも、再発防止に向けた教訓とするための原因や背景を究明することに力を注いだ。

 真相解明には、刑事責任の有無を判断する裁判だけでは限界があるとの思いがあったという。

 行政から独立し、事故原因を徹底的に調査・分析する米国の国家運輸安全委員会(NTSB)などを視察し、各地で起きた事故も独自に調査した。

 同会議の提言で、信楽高原鉄道は事故後に導入した新型車両に衝突のショックを和らげる装置を取り付けるなど安全性を高めた。

 重大事故の教訓を社会全体で共有し、安全システムづくりにつなげていこうという同会議の姿勢は、「過失の犯人捜し」に傾きがちだった事故のとらえ方に新たな視点を提供したといえる。

 ただ、こうしてできた組織やシステムも、運用の適切さという点で問題が残る。2005年の尼崎JR脱線事故では、運輸安全委員会の最終報告書が事前にJR側に漏れ、公正性に疑問を抱かせた。

 同委員会が独立機関ではなく国交省に置かれている現状も、運輸行政の妥当性まで調査できるかとの懸念を払拭(ふっしょく)できていない。

 ヒューマンエラーを過失犯ととらえ、警察の捜査を優先する考え方にも大きな変化はない。安全への意識が進んでも、法体系まで変わるための抜本的議論はいまだ道半ばということだろう。

 同会議が積み重ねてきた安全への取り組みは、今後への大きな道しるべである。解散後も、しっかりと継承していく必要がある。