JR山陰線亀岡ー馬堀間の電車から見える北陸新幹線の誘致看板。奥に見えるのは府立京都スタジアムの建設クレーン(亀岡市三宅町)

JR山陰線亀岡ー馬堀間の電車から見える北陸新幹線の誘致看板。奥に見えるのは府立京都スタジアムの建設クレーン(亀岡市三宅町)

 京都府亀岡市のJR山陰線亀岡-馬堀駅間の車窓から見える北陸新幹線誘致の巨大看板が7月末で撤去される。34年前から掲げられてきたが、整備ルートから外れ、明智光秀のPR看板に掛け替えられる。昨秋にはもう1カ所も取り外されており、誘致団体の看板は全て市内から姿を消すことになった。

 当時の口丹波1市8町は1973年、北陸新幹線口丹波建設促進協議会を結成。「西京都駅」の開業を目指し、要望を続けた。促進協は85年10月から沿線の年谷浄化センター(亀岡市三宅町)に看板を掲げ、車窓から目立つアピール文は活動の象徴だった。

 現在の看板は横15メートル、高さ1・8メートルで、2001年4月に改装された。「口丹波に停車駅設置」「京都中部・大阪間の通勤新線の誘致を!」と書かれ、誘致活動が活発だったころを感じさせる。

 政府与党は17年3月、福井県小浜市から京都駅を通るルートに決め、丹波に駅は設けないことになった。来年放映の大河ドラマ主人公に、ゆかりの光秀が選ばれたことを受け、観光団体などでつくる光秀PRの実行委員会が「新しい時代の宣伝に変えた方がいい」と市に提案していた。

 新幹線誘致団体の看板は並河駅前にもあったが、昨年9月の台風で損傷し、撤去された。

 新幹線のまちは夢破れ、光秀のまちへ。市は新たな一歩を踏み出そうとしている。