アンナ・ドゥーリナ 1981年生まれ。モスクワ大大学院で歴史学を修め、日本留学。専門は宗教学、日本中世思想。富山大を経て京都大で上島享教授から古文書解読を学ぶ。2019年4月から日文研外国人研究員。

 一神教的世界で育てられてきた私にとっては、日本思想は謎が多い。例えば、12月になると、すぐに思い浮かぶのは、イエスの誕生を祝うクリスマスである。日本は、クリスマスを恋人同士で過ごす若者が多い。キリスト教のイベントを祝ったそのカップルは、一週間が経(た)ったら、お寺で除夜の鐘を聞いて、年が明けたら、神社で初詣デートをする。一神教的世界観から見ると、不思議だろう。日本人が、神を信じるのか、仏を信じるのか、いったい何を信じるのかと聞いたら、無宗教と答える人が多い。

 日本人の宗教観は、もう一つ謎がある。日本は、八百万(やおろず)の神が宿ると言われているが、最も多くの神社に祀(まつ)られているのは八幡神である。その代表的な神の正体は何だろうか。

 もともと渡来系の神であった八幡神は、奈良時代に国家と仏教の守護神として九州の宇佐から奈良の都に現れて、そのあと各地に勧請(かんじょう)されて全国へ広まった。平安後期には、860年に平安京の守護のため男山に建立された石清水八幡宮が伊勢神宮に次ぐ崇敬を朝廷から得た。皇室だけではなく、源氏の守護神にもなって、武士が戦勝を祈願する武神として信仰された。

 中世八幡信仰の特徴と言えば、仏教と密接な関係の中で生まれた個人救済という観念である。つまり八幡神は「大菩薩(だいぼさつ)」として末法の世に生きて苦しんでいる衆生を悟りへ導くのである。八幡神は、救済方法を教えるだけではなく、成仏の果報を既に得たにもかかわらず、新たに出家し授戒して、修行者の見本になった。超越的存在の光を和らげ、末法の塵(ちり)にまみれて、凡夫が認知できるような存在であった。

 しかし、国敵を殺す暴力的な守護神、また生き物を救済する慈悲に満ちた大菩薩という姿は、矛盾が見えるのではないか。八幡信仰においてその矛盾を解消する観念があったのか。例えば、鎌倉後期に作成された『八幡愚童訓』によると、八幡神が不殺生戒を受けたにもかかわらず、「国家のかたきは其限(そのかぎり)にあらず」と、敵が国を脅かす時、殺生が正当化されたと言う。そして、八幡神が戦場で多くの人々を殺した罪を自覚して懺悔(ざんげ)したという仏教的な論理に基づいている記述もある。

 八幡神は、殺生罪業を消除するために、捕らえた生き物を放す放生会(ほうじょうえ)を行うように指示したのである。放生会は、その儀礼の参加者に福業を積ませる八幡神による方便、つまり救済方法でもあった。中世八幡神は、イエスのような究極的な救済者であったと言えるのではないか。(国際日本文化研究センター外国人研究員)