宮沢賢治の童話や詩には鉄道がしばしば登場する。「銀河鉄道の夜」の原風景は、開業したばかりの岩手軽便鉄道だといわれる。賢治の作品世界を広げたのは、山登りや鉱物採集へ出掛ける足となった鉄道かもしれない▼賢治が生まれた1896(明治29)年、滋賀県東部に近江鉄道株式会社が誕生した。2年後彦根―愛知川間で開業。鉄路を延ばし、現在は3路線で総距離59・5キロ、33駅をつなぐ▼先月、八日市駅構内に「近江鉄道ミュージアム」がオープンした。ハンドル式の磁石式電話機、列車遅延を知らせる掲示板など古びた道具は手のにおいがする▼赤いトラス式の愛知川橋梁と腰折れ屋根の鳥居本駅はともに登録有形文化財。新八日市駅は100年を超える現役木造駅舎、町の人々が3年かけて再生する大正建築の日野駅。鉄道は地域の歴史と物語を秘めた文化財の宝庫だ▼ただ鉄道は25年連続で赤字の苦境だ。先月、沿線自治体などが存廃を含め議論する法定協議会を開いた。利用者とのワークショップや、週末にワイン電車を走らせるなど、営業努力は続く▼こんなやみよののはらのなかをゆくときは/客車のまどはみんな水族館のまどになる(宮沢賢治「青森挽歌」)。暗くても見える景色がある。未来の詩人のために電車は走り続けてほしい。