製材したヒノキを持つ桐村さん。首里城の早期復元を願う(京都府福知山市大江町蓼原・桐村製材)

製材したヒノキを持つ桐村さん。首里城の早期復元を願う(京都府福知山市大江町蓼原・桐村製材)

 京都府北部で加工されたヒノキ材が、10月に那覇市で焼失した首里城に使われていた。製材に携わった関係者は、貴重な宮殿を襲った災禍に心を痛め、再建に向けて「また私たちの木を使ってもらえれば」と案じている。

 京都府福知山市大江町蓼原のヒノキ製材会社「桐村製材」が7年ほど前に、ヒノキ生産の本場、奈良県吉野の業者からの依頼で製品を納入。首里城の壁板に用いる木材として、長さ2メートル、幅12センチの京都府産ヒノキの板約500枚を納めた。
 同社は明治期から続く老舗で、府北部や京都市京北、南丹市のヒノキを多く取り扱う。首里城以外にも、二条城の橋板、金戒光明寺の南門、出雲大社の神棚、駿府城の床板など全国の文化財で使われている。
 首里城は正殿など主要部分は1992年に復元され、今年2月に全エリアで整備が完了したばかり。火災の甚大な被害に、同社の桐村俊弘さん(62)は「ショックだった。一生懸命作ったものが燃えてなくなったわけだから」と声を落とす。
 沖縄県によると、今回の火災からの復元に向けて、木材の調達方法などはまだ決まっておらず、国とも調整していくという。桐村さんは「ヒノキの専門業者は府内でも少なく、どんな形のオーダーでも対応している。復元は大変だと思うが、少しでも力になりたい」と話す。