引退した理由や現役時代の思い出を語る伊藤みきさん(大津市・京都新聞滋賀本社)

引退した理由や現役時代の思い出を語る伊藤みきさん(大津市・京都新聞滋賀本社)

伊藤みきさんの主な経歴

伊藤みきさんの主な経歴

 フリースタイルスキーのモーグル女子で、冬季五輪に3大会連続で日本代表に選ばれた滋賀県日野町出身の伊藤みきさん(31)=近江兄弟社高-中京大出=が5月に引退を表明した。鋭いエッジの効いた滑りと、ダイナミックなエアーで一時代を築いた希代のモーグラーだった。このほど古里の滋賀で京都新聞社のインタビューに応じ、現役時代の思い出や引退の理由を語った。

 ―引退を発表して1カ月余り。現在の心境は。

 「練習のない日が続いていて新鮮な感じ。選手の時はどこまで疲労が抜けるかなとか計算していた。昨秋に結婚して旦那さんと一緒に住み始めて、社会で働いている人を見て、こんなに休んでいていいのかなとも思う。何かやらないといけないという思いが強い」

 ―引退を決めたタイミングと理由は。

 「3月の全日本選手権で優勝したいと思っていて、覚悟を持って臨んだが1日目でミスしてしまった。悔しいはずなのに思い切って挑戦したという、すがすがしい気持ちが少しあった。2日目はいい滑りができて自信になったし、うれしかった」

 「ただ、毎回最高の1本を見せることができても、勝てるようにするのは別の話。五輪でメダルが取りたいと思っていながら、北京冬季五輪で勝つための明確なプランが描けなかった。それに対して、何が何でも死ぬ気で取り組もうという情熱が少し足りないなというのに気づいた」

 ―思い出に残っている試合は。

 「2009年の世界選手権で銀メダルを取れた日。日本開催で前日に優勝している(上村)愛子さんに続けたのは、自分の中で変われるかもと思えた。それと、13年に猪苗代でのワールドカップ初優勝も。1週間くらい実感が湧かなかった。平昌五輪を逃したレースもきっと忘れない。(14年の)ソチ五輪後は、毎日が戦いだった。そんな日々も私には特別。苦しい時間に好きなことに没頭させてもらえてよかった」

 ―長い競技人生を振り返って。

 「自分が出せるカードは全部出し切った。失敗も、成功も思い切ってやりたかったし、やれることは全部やらせてもらった。改めて平昌を逃した後の1年は競技を続けてよかった。五輪を逃したのにサポートを続けてくれた環境がありがたかった」

 ―家族の支えも大きかったのでは。

 「『これだけあなたのためにやっている』みたいな雰囲気がないことが、一番ありがたかった。私は五輪に出られたけど、私だけが頑張っているわけじゃない。それぞれが頑張っているのが励みになった。それでも苦しい時は寄り添ってくれた」

 ―今後は。

 「今までいろんな人に支えていただいたので、何かしら社会に対しての恩返し、貢献をしたい。今は時間があってエネルギーが有り余っている。何でもチャレンジしていきたい」