幻想的な場面について、御室仁和寺近くに住む住民は「祖父がよくタヌキにばかされる話をしていた」と懐かしむ

幻想的な場面について、御室仁和寺近くに住む住民は「祖父がよくタヌキにばかされる話をしていた」と懐かしむ

主要舞台となった駅ホームに面した架空のカフェは、民家兼倉庫を改装して撮影された(京都市右京区・太秦広隆寺駅)

主要舞台となった駅ホームに面した架空のカフェは、民家兼倉庫を改装して撮影された(京都市右京区・太秦広隆寺駅)

 京都市西部を走る京福電気鉄道を舞台にした映画「嵐電」が下京区の京都シネマで公開され、連日立ち見が出るほどの人気だ。鈴木卓爾監督は「『嵐電』を撮ることはまちを撮ること」との思いで撮影に臨み、地元もロケ地提供や出演などさまざまな場面で協力した。沿線の人たちにとって、映画は自分の人生やまちを見つめ直す契機になったようだ。

 物語は、鎌倉から取材で来たノンフィクション作家と妻、太秦の撮影所近くの弁当屋店員と若手俳優、嵐電を8ミリカメラで撮る地元高校生と女子修学旅行生の男女3組が、過去や現在、幻想の空間を行き交う不思議な世界観のラブストーリー。

 嵐電は住民にとって生活の足そのものだが、物語での描かれ方は違う。駅や車内、踏切や線路の音が、出会いと別れ、現実と非現実のつなぎ目となっている。撮影に協力した京福電鉄の鈴木浩幸管理部長は「駅や音が、心象風景として描かれている。想像しなかった表現で驚いた」と話す。

 鈴木監督は撮影に当たり、「住民の思いや記憶も併せて撮りたい」との姿勢で臨んだといい、映像では実際に沿線に立つ店や家屋なども登場する。

 ヒロインが働く弁当屋「キネマ・キッチン」は、右京区の大映通り商店街に実在するカフェ。地元のNPO法人「子育ては親育て・みのりのもり劇場」が、映画のまちだった太秦の歴史を引き継いでいこうと6年前に開いた。森淑子事務局長(49)は「住民と双方向の映画を製作したいという、監督の思いに共感した」と話す。

 発行する地域誌「右京じかん」で、監督のインタビューやロケ地募集の記事も載せて盛り上げ、ヒロインの同僚役として出演もした。他にも多くの住民が映画に関わり、今も話題になるといい「映画作りの楽しさやまちの良さを再認識する機会になった」と喜ぶ。

 主人公の男性が通う、太秦広隆寺駅にあるカフェ「銀河」も元々は、地元で会社を経営する中川信男さん(48)の自宅兼倉庫だった。鈴木監督が、撮影中にその存在を知り、急きょ脚本を変更してロケ地に組み込んだ。完成作を見た中川さんは「ここに住んで、結婚し、起業し、子を育てた。家族との20年間の大切な記憶が映画に凝縮されているようで、じんときました」。

 懐かしい記憶が喚起されただけではなく、長い歴史に育まれた「まちの深み」を改めて感じた、という住民も。御室仁和寺駅近くに住む安田圭吾さん(70)。映画の中でキツネとタヌキが車掌と駅員として登場し、幻の世界へいざなう場面を見て、「祖父がよく、タヌキに化かされた話をしていたことを思い出した。沿線には寺社や御陵が多く、生と死が入り交じる感覚が、どこかにある」。

 慣れ親しんだ沿線の風景に、生きてきた道を重ね合わせ、過去や未来に思いをはせる。映画「嵐電」は、住民にそんな機会をプレゼントしたのかもしれない。現在、京都シネマと出町座(左京区)で公開中。