遠方からの手紙に「京都府亀山市」と誤記されていたことが最近あった。丹波亀山が亀岡に改名したのは明治維新の折。同名の伊勢亀山と争い負けたとの説もあるが定かでない▼JR亀岡駅正面に見える緑地が亀山城跡。城を築き、そこから「本能寺の変」に向かった明智光秀を主人公にした大河ドラマの放映が迫る。広大な城跡の所有者は宗教法人「大本」で、教祖出口王仁三郎が廃城令で荒れた敷地を入手して先月で100年となった▼城下近郊で生まれた王仁三郎は、幼少時に目にした5層の天守に格別の思いを抱いていた。石垣や参道を整備し、「天恩郷」と名付けて宣教の拠点とする▼1928(昭和3)年の巡教の日程は、若き昭和天皇の行幸と前後した。「周到な計算が働いていたに違いない」と日本政治思想史が専門の原武史さんは指摘する(「鉄道ひとつばなし」)▼やがて教団は弾圧を受け、王仁三郎は治安維持法違反容疑などで逮捕される。石垣を破壊するダイナマイトの爆音が亀岡の町に響いた。戦後、信徒たちが一から再建して今がある▼光秀は長年「逆臣」「三日天下」と世評はいまひとつだったが、王仁三郎は「まれにみる名将」と評価していた。四季折々に樹木が美しい城跡を歩けば、スケールの大きかった2人の姿がしのべる。