オムロンが2001年に発売した「ネコロ」。リアルさを追求し、当時最先端の技術も詰め込んだ(京都府木津川市・オムロン京阪奈イノベーションセンタ)

オムロンが2001年に発売した「ネコロ」。リアルさを追求し、当時最先端の技術も詰め込んだ(京都府木津川市・オムロン京阪奈イノベーションセンタ)

宝酒造が1957年に発売した「タカラビール」

宝酒造が1957年に発売した「タカラビール」

 世界的な景気拡大を背景に企業業績が好調だ。京都でも大手を中心に、収益を大きく伸ばす企業が相次ぐ。技術の高さや独特の経営哲学が注目されがちな京都企業だが、躍進の裏にある数々の「失敗」は意外と知られていない。各社の歩みを振り返ると、新市場への挑戦と挫折をばねに成長してきた姿がみえてくる。

 茶とグレーが混じったふさふさの毛並み。触ると心地よく、今にも鳴き出しそうだ。

 制御機器メーカーのオムロン(京都市下京区)が2001年に発売したネコ型ロボットの「ネコロ」をご存じだろうか。売りは実物のネコのようなリアルさ。5千台限定で、価格は18万5千円だった。

 1999年にはソニーがイヌ型ロボット「AIBO(アイボ)」を発売し、家庭用ペットロボットの時代が幕を開けた時期だった。「人と機械の融和」を掲げるオムロンもいち早く参入し、マシン風のアイボとは一線を画す商品で市場開拓に挑んだ。

 ネコロの大きさは一般的なネコとほぼ同じ。視覚、触覚、聴覚の機能と姿勢を検知する15個のセンサーを搭載した。脚やしっぽ、口などの動きと48パターンに及ぶ鳴き声を組み合わせ、喜びや怒りといった六つの感情を表現する。

 自らの名前や飼い主の声を判別でき、人と関わる中で感情を育む人工知能(AI)も持つ。当時、間違いなく最先端の高性能ロボットだった。だが、販売は伸び悩み、後継機種は開発されなかった。同社は「見た目がリアルすぎて不気味だったのかも…」と振り返る。

 焼酎や清酒で知られる宝酒造(同区)は、ビールに挑んだ歴史がある。ビール事業は戦前からの夢で、本場ドイツで研究を重ね、現地から輸入した製造機で苦みが強い本格派の「タカラビール」を開発。1957年、満を持して発売した。

 業界初の500ミリリットル瓶を採用して差異化したが、全国に販売網を築いていた大手ビールメーカーの壁は想像以上に厚かった。日本人好みの味に修正したり、大々的なキャンペーンを展開したりと次々に手を打つ一方、62年には南区に京都麦酒工場を新設。関西圏でシェア拡大を狙ったが、打開できずに67年に撤退。戦後に急拡大した焼酎の需要も反転し、従業員の4割もの人員整理を余儀なくされるなど辛酸をなめた。

 本業とかけ離れた分野に挑んだのは、下着大手のワコール(南区)。社長だった塚本能交ワコールホールディングス会長の肝いりで、80年代後半に「公道を走るレーシングカー」の開発プロジェクトに着手。89年に完成した「キャスピタ」は、流麗な車体デザインと最高時速300キロ以上の性能をうたう近未来のスーパーカーだった。

 予定販売価格も約1億円と「スーパー」だったが、バブル崩壊などで量産化と市販を断念。幻の高級スポーツカーとなった。同社はその後、紳士服やフローズンヨーグルトの販売にも乗り出したが振るわず、本業の下着販売へと回帰した。

 スーパーカーの開発から30年余。同社は今春、社員公募のアイデアから選んだ観光客向けの宿泊ビジネスを京都市内で始めた。「過去の経験があるから、失敗を恐れず挑む風土ができた」(IR・広報室)。未来に向けて次なる一手を繰り出す。