マクヴェイ・やまだくにこ 1957年生まれ。日本近代文学館を経て87年渡米。89年にハーバード大学図書館司書、99年から現職。ライブラリアンとして研究を支援。共編著書に『ハーバード燕京図書館の日本古典籍』。

 今秋9月、京都・大学ミュージアム連携のシンポジウムで、ハーバード・イェンチン図書館所蔵の近代のひな型および図案帖(ちょう)について報告した。会場の京都工芸繊維大学も同様の資料を多く所蔵している。これらへの関心をさらに広く共有する機会となり、心から感謝している。

 私どもの図書館は1928年に創設された。東アジア言語(中国、朝鮮、日本)資料を主に収集・所蔵している。私が担当する日本語コレクションは図書が約38万冊、雑誌も千タイトル以上継続収集し、北米でも有数の規模とされる。

 さまざまな経緯で収蔵された興味深い資料が多々あり、今回報告した図案帖なども、そのひとつだ。

 これらの多数を占めるのは、ハーバード卒業生のアーネスト・スティルマン氏が収集した日本コレクションの一部で、他にも手で彩色した明治時代の写真アルバムなど合わせて1700点余りが寄贈されている。

 1905年夏、大学2年のスティルマン氏は、米国使節と同じ船で日本を訪問し、明治天皇臨席の晩餐(ばんさん)会などにも出席。京都も訪れている。以来49年に亡くなるまでニューヨークで研究医師を務める傍ら、日本資料を収集した。

 寄贈された資料の多くは、写真や画像などが主たる内容だ。あざやかな彩色木版刷りの着物のひな型、漆器や陶器などの工芸品の図案見本帖、いけばな関連資料などは、米国の大学図書館所蔵の資料としては、かなり珍しい。

 当時の背景を探ってみたい。19世後半から20世紀初頭、浮世絵などから触発され、ヨーロッパで始まった日本趣味愛好が大西洋を渡り、ボストンでは、土地の名士を中心に日本美術への関心が高まった。

 世界有数となるボストン美術館の日本コレクションの誕生と育成に関わった同時代の人々には、ウィリアム・ビゲロー、エドワード・モース、アーネスト・フェノロサ、岡倉天心、ラングドン・ワーナーなど、枚挙にいとまがない。ビゲローたちと交流のあったチャールズ・ロングフェローは、ハーバードの文学教授で国民的詩人のH・W・ロングフェローの長男で開国直後の1871~73年に日本に滞在している。日本で背と胸に鯉(こい)と観音の入れ墨を彫らせた冒険家チャールズの収集品は、ハーバードに近い生家に、今も保存されている。

 米国北東部のエリートの一部にあった好意的な日本文化受容に関しては、さまざまなエピソードが残る。スティルマン氏の日本への関心も、こうした空気の中ではぐくまれたのでは、と想像をめぐらしている。(ハーバード・イェンチン図書館司書)