1984年ロス五輪。柔道の無差別級決勝は山下泰裕さんが一本勝ちで金メダルを決めた。日本は4年前のモスクワ五輪をボイコット、挑戦の機会も奪われていた。涙が落ちそうな満面の笑顔が忘れられない▼敗れたラシュワンさんは負傷していたライバルの右脚を攻めなかったとして話題を集めた。30年以上が過ぎても「山下は私のヒーローで、親友だ」。美談の内容はさておき、2人の友情を疑う余地はない▼畳の上のライバル対決は今も続く。先月のグランドスラム大阪大会、優勝すれば東京五輪出場が決まる丸山城志郎選手を阿部一二三(ひふみ)選手が下し、待ったをかけた▼取材で丸山選手は「まだまだ甘い」と声を詰まらせながら意外な表情も見せた。周囲の支援を聞かれると「(妻は)人生を自分の柔道に尽くしてくれ…」と語り始めた。かつては敗戦直後の柔道家に家族のことを聞ける雰囲気はなかった▼容易には本音を語らず、黙々と試練と向き合うのが従来のトップ選手像だった。でも今は周囲への感謝も率直に示す。競技への情熱は同じでも表現方法は変わってきた▼勝利した阿部選手は「自分が一番強いと再び思えた」と闘志むき出しに語る。柔の道を究める意味では同志でもある好敵手の2人。先人のように振り返る日が来るまで、物語は続く。