黛まどか氏 ©MPd F8 PHOTO STUDIO

黛まどか氏 ©MPd F8 PHOTO STUDIO

 京都出身の四十代の男性がためいき混じりに言った。「抹茶ソフトを売る店が近くに二軒あるとします。一軒は京都の老舗茶舗。他方は外国資本で、京都の抹茶を使っているかわからないけれど、小洒落ていて“ばえる”。外国人観光客は言葉も通じるので後者に入る。その行列を見て日本人も列に付くんですわ…」。彼は“ほんまもん”の京都が失われつつあることを憂えていた。

 「十年以内に京都市の財政は破綻しかねない」。衝撃的な報道が駆け巡ったのは、六月のことだ。まさかあの京都が…そう思ったのは私だけではないだろう。

 税収が増えない構造に加え、地下鉄の赤字経営等々、京都の財政難はコロナ禍の影響だけではないらしい。市は五年間で一六〇〇億円の収支改善を掲げる。財政を健全化するには、何を捨て、何を残すのかを見極めなければならない。見方を変えれば“ほんまもん”の京都を取り戻す機会となる。京都の“背骨”は何なのかを見つめ直す時機だろう。

 「…みやげもん屋のバッタモン 京都の雅びて何やねん 京都をだしにみやげもん はんなりこっそり中国産 どやねん そやねん 京都やねん…」(「京都ラプソディー」)。作詞は画家の木村英輝氏。京都を拠点に活躍する氏に、ここまでの詞を紡がせるほど、今の京都には“にせもん”が溢(あふ)れている…ということか。

 社会全体を支える土台は「文化」である。文化には基礎に「生活文化」があり、その上に芸能、絵画、文学、茶道、華道といった「芸術文化」が花開く。生活文化とは慣習や様式、規範を指す。

 政治や経済活動もまた文化の上にある。企業も然(しか)り。文化や規範を基礎に持たない企業は脆弱(ぜいじゃく)だ。

 ところが近年は効率化優先を背景に、日本全体で生活文化が危機的な状況にある。土台となる生活文化が崩れてしまったら、芸術文化は生まれない。そんな昨今で、京都の強み(背骨)は、まさにその「生活文化」にあると私は思っている。

 例えば、各町内にあるお地蔵様。八月の地蔵盆は有名だが、日常的にお年寄りや親が小さな子供を連れてお地蔵様の周辺を掃除し、花を生け替える。そんな姿を見かける度に、京都を支えてきたのはこのような生活文化だと確信する。生きる上に必要な知恵、規範、礼節、美意識、哲学などが蓄積され、継承されて、人々の身体に浸(し)み込んでいるのだ。

 若者が化繊の和服を着て京都をそぞろ歩く姿も、すっかり見慣れた。ところが先日アンティークの和服を着た若い女性達を見かけた。染めも刺繍(ししゅう)も上質で小物も実に粋だったので、吸い寄せられるように近づくと、なんと外国人だった。古い町家を購入する外国人も増えていると聞く。

 京都の財政を立て直すのは、京都人だけに課せられることではない。京都を訪れる旅人、延いては日本人全員が“ほんまもん”を見抜く目を持つことが求められている。

 黛 まどか(まゆずみ・まどか)俳人。1994年、「B面の夏」50句で第40回角川俳句賞奨励賞受賞。同年、初句集『B面の夏』刊行。96年、俳句誌「月刊ヘップバーン」創刊・主宰(通巻百号で終刊)。97年、「フランス香水協会」マドモアゼル・パルファム賞(文化部門)受賞。99年、北スペイン・サンティアゴ巡礼道約800キロを踏破。同年、「日韓文化交流会議」委員として訪韓。2001~02年、四季にわたり5回訪韓、釜山-ソウルの約500キロを歩く。02年、句集『京都の恋』で第2回山本健吉文学賞受賞。10~11年、文化庁「文化交流使」として仏パリを拠点に欧州で活動。17年、四国遍路約1400キロを踏破。オペラの台本執筆や校歌の作詞なども手掛ける。20年、「京都×俳句プロジェクト」(https://kyoto.haiku819.jp/)を発足。21年より「世界オンライン句会」主宰。現在、ワコールホールディングス社外取締役。京都橘大、北里大、昭和女子大客員教授。「日本再発見塾」呼びかけ人代表、「公益財団法人東日本鉄道文化財団」評議員、岐阜県大垣市「奥の細道むすびの地記念館」名誉館長など。著書に句集『花ごろも』『忘れ貝』『てっぺんの星』、紀行集『ふくしま讃歌-日本の「宝」を訪ねて』『奇跡の四国遍路』、随筆集『引き算の美学-もの言わぬ国の文化力』他多数。神奈川県出身。

黛まどか公式HP https://madoka575.co.jp/