高津玉枝氏

高津玉枝氏

 ビジネスマンなら誰もが話題にするようになったSDGs(持続可能な開発目標)は、2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された。

 ちょうど同じ時、京都市に社会人のための新しい塾が誕生した。「イノベーション・キュレーター塾」だ。

 スタートした塾はこう呼びかけた。「持続可能な社会の実現を目指す“四方よし”ビジネスの伴走者になりませんか?」。今では聞きなれた「持続可能」も「四方よし」も、当時はまだなじみがなく、塾の意図を伝えるのがとても困難だったことを鮮明に覚えている。

 私と塾との関わりは、さらにその約10カ月前にさかのぼる。突然、「塾長を引き受けてもらえないか」とご指名をいただいたのだ。

 背景には、前年12月、門川大作市長が発表した「京都市ソーシャル・イノベーション・クラスター構想」がある。構想では、企業経営における社会的な意義を共にに考え、社会的活動がビジネスとして継続できるよう、中長期的な観点から助言する新しい形のコンサルタント、つまり「キュレーター」の育成がうたわれていた。その要となる大役だった。

 なぜ私に白羽の矢が立ったのか。私は、30代でマーケティングの会社を起業、主に消費財メーカーや流通業の「伴走者」として既に20年近く仕事をしていた。加えて2006年、お買い物を通して途上国支援につなげるフェアトレードを主軸とした会社を創業した。今でいう「社会起業家」の走りだ。開塾に際して、「伴走者+社会起業実践者」の両面を持つ企業人はほとんどいなかったため選ばれたようだ。

◆企業本来の事業で社会改善を

 イノベーション・キュレーターという名称に込めた思いをお話ししたい。

 今でこそ本業の中で社会課題に取り組むCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)に注目が集まるが、多くの企業はこれまで、経済的価値と社会的価値をともに創造しようとするアプローチには懐疑的だった。しかし、私たちを取り巻く世界はそう楽観的な状況にはない。気候変動やさまざまな環境、社会の危機的状況を鑑みると、企業がこれらへの対策を取り入れないリスクは従来よりはるかに高い。

 だが、一体何をすればいいのか。そこで、企業に伴走する人材が必要になる、というわけだ。イノベーションは「改革」、キュレーターは「情報を拾い上げ、新たな価値を付加する力を持つ人」。両者を組み合わせ、「イノベーション・キュレーター」という名前が誕生した。

 もちろん、社会課題を自ら解決しようとする「社会起業家」も大切だ。だが一方で、既存企業が社会課題を生まず、本来の事業で社会をよりよく改善できれば、大きなインパクトになり世の中が変わる。まさにそうした企業人こそ求められていると私は考える。

 塾のカリキュラムを作るために、私はまず、社会起業家としての経験や、そこでぶつかったこと、ぶれなかったことをすべて「棚卸」し、信頼する多くの方の知恵を請うた。カリキュラムをゼロベースで構築し、塾の骨格を作った。

◆思考の枠を外し、ぶれない軸を持つ

 10カ月にわたる塾では、大きく二つの柱で構成している。

 一つは多様な分野のスピーカーを招いた学びだ。いわゆる「著名人」ではなく、カリキュラムに沿った「気づき」を得られる人を厳選している。私とのトークセッションを交え、講演をさらに深掘りし、塾生との交流を促し、刺激や発想を生むきっかけをつくる。

 もう一つは「マイプロジェクト」だ。塾生自らが創りたい未来を考え、事業・プロジェクトを立ち上げて、塾の期間に実践する。失敗を共有し、互いのプロジェクトに対して意見交換。深いコミュニケーションを経て磨きをかけ、卒塾式で発表している。

 塾は多彩なアプローチを通じて、「思考の枠を外す」と「自らのぶれない軸を持つ」という二つの力を育む。加えて、一生涯付き合える多様な「同志」を得るのも醍醐味(だいごみ)だ。

 「起業家を育成する」「スキル、ノウハウを学ぶ」場所ではないという不思議な塾だが、コロナ禍で社会通念や価値観が変わった今、答えのない時代をどう生きるのか、共によりよい未来を創るためにも、深い思考を身に付けてほしいと願う。

 2015年にスタートした塾も6期を終えて、卒塾生は100人を超えた。官公庁や自治体職員、中小企業診断士、弁護士、銀行マン、大学教授、カメラマン、僧侶、そして企業経営者。多様な人材は大きなネットワークとなり、イノベーティブな視点で社会を動かしつつある。これからも多くの企業と伴走してくれるだろう。

 11月からは第7期がスタートする。新たな仲間が増えることが、今から楽しみだ。

 たかつ・たまえ 大学卒業後、富士ゼロックスに入社。その後マーケテイング会社を起業。2006年にフェアトレードのセレクトショップLove&senseを運営する株式会社福市を創業。15年に京都市イノベーション・キュレーター塾塾長に就任。