黛まどか氏

黛まどか氏

 新型コロナに関して緊急事態宣言が出された2020年の春、多くの人からこんな言葉を聞いた。

 「人間が活動を止めて籠っている間に、気が付けば木々は芽吹き、花は咲き、鳥がさえずり始めていた。自然のいのちのダイナミズムに感動し、勇気づけられた」と。

 その夏、有志たちと「京都×俳句プロジェクト」を立ち上げた。俳句は花鳥諷詠。自然つまり「いのち」の詩だ。近年俳句(HAIKU)は世界中で親しまれている。今日ある「いのち」の輝きを詠み留め、世界の俳句愛好家たちとともにこのパンデミックを乗り越えようという趣旨だ。

 京都には日本文化のエッセンスが詰まっている。また歳時記は、京都を中心に編まれている。この活動を世界に発信する地は、京都をおいて他にない。 

 21年、多言語での俳句募集を開始すると、瞬く間に46カ国から1700を超える俳句が寄せられた(22年5月現在)。5月には「世界オンライン句会」を開催。嵐山を舞台に、フランス語圏4カ国の人々と日本人が参加した。

 12月には英語圏で開催。NHK国際放送の協力を得て、ミャンマー、イラン等からの特別参加もあった。困難な人生を、俳句を支えに生きる人たち。短いからこそ、余白にある背景や感情を察し合える。言葉の壁を越えて思いがひとつになる瞬間を経験した。句会の終わりにアメリカ人女性が感極まって言った。「今日、私の人生は変わりました…」。

 ロシアがウクライナに侵攻すると、「Haiku for Peace」を掲げて世界中の俳句愛好家に呼びかけた。すると約2カ月で30カ国から投句があった。日本でも各界から参加があり、政界からは林芳正外務大臣や河野太郎氏、また京都ゆかりの千玄室氏、中西進氏、山折哲雄氏、尾池和夫氏からも平和への一句が寄せられた。

 その中にロシア人(真莉愛さん)からの俳句があった。

  雪の後元に戻らぬ桜かな

 季節外れの雪に花を咲かせることが出来なかった桜と、戦争によって未来を奪われた人々を重ねた句で、添えられたメッセージの結びには「この悲劇を防げなくて、本当に申し訳ありませんでした」とロシア人としての悲痛な胸の裡がつづられていた。

 実はウクライナのハルキウに、日々命がけでこの戦争を俳句に詠み続ける若い女性がいる。真の平和を願う世界中の俳人とつながっていることを彼女に伝えることで、地下壕(ごう)に一筋の光が射せばと願う。 

 2年前の3月、ドイツの文化相が会見で言った言葉がよみがえる。「いま文化は生命維持のために必要不可欠です」。日本では「文化」は政治や経済に劣後するという通念が一般的だ。他方、彼らにとっての「文化」は社会の基層にある。人間の人間たるゆえんが「文化」だ。生活文化、教育、哲学…基盤である文化が痩せれば、おのずと社会全体が衰えていく。それが彼らの考え方だ。

 ウクライナの惨状に日本が果たす役割は、軍事支援よりもむしろ文化貢献ではないだろうか。戦下の文化交流を実現する…その役割を担えるのもまた「京都」だ。

 企業として、都市として、国として、コロナ禍や戦禍といった非常時にどのような行動をとったかを、世界は見ている。

Haiku for Peace   https://kyoto.haiku819.jp/ja/20220319-1/

 

 まゆずみ・まどか 俳人。1994年、「B面の夏」50句で第40回角川俳句賞奨励賞受賞。同年、初句集『B面の夏』刊行。96年、俳句誌「月刊ヘップバーン」創刊・主宰(通巻百号で終刊)。97年、「フランス香水協会」マドモアゼル・パルファム賞(文化部門)受賞。99年、北スペイン・サンティアゴ巡礼道約800キロを踏破。同年、「日韓文化交流会議」委員に就任、度々訪韓。2001~02年、四季にわたり5回訪韓、釜山-ソウルの約500キロを歩く。02年、句集『京都の恋』で第2回山本健吉文学賞受賞。10~11年、文化庁「文化交流使」として仏パリを拠点に欧州で活動。17年、四国遍路約1400キロを踏破。オペラの台本執筆や校歌の作詞なども手掛ける。20年、「京都×俳句プロジェクト」(https://kyoto.haiku819.jp/)を発足。21年より「世界オンライン句会」主宰。現在、ワコールホールディングス社外取締役。京都橘大、北里大、昭和女子大客員教授。「日本再発見塾」呼びかけ人代表、「公益財団法人東日本鉄道文化財団」評議員、岐阜県大垣市「奥の細道むすびの地記念館」名誉館長など。著書に句集『花ごろも』『忘れ貝』『てっぺんの星』、紀行集『ふくしま讃歌-日本の「宝」を訪ねて』『奇跡の四国遍路』、随筆集『引き算の美学-もの言わぬ国の文化力』、最新刊『暮らしの中の二十四節気-丁寧に生きてみる』(2021年10月刊行)他多数。神奈川県出身。

黛まどか公式HP https://madoka575.co.jp/