蘇芳(すおう)の芯材が内包する赤の深度は、ほとんど異界に通じるほどの深みに達していて、純一無垢でありながら、赤の両極が同時に内在し、私はそこに聖なる赤と、魔性の赤を同時に垣間みる気がするのである。
志村ふくみ『語りかける花』(ちくま文庫)

蘇芳の芯材


空気に触れ刻々と変化する

糸へと色が移行していく


染めを重ねる度に色が深まる

蘇芳(すおう)といえば、昔祖母が蘇芳の魅力にとりつかれ、一時期、毎日蘇芳三昧だったという話を聞いたことがある。最近では、芸術学校・アルスシムラでも、経糸(たていと)、緯糸(よこいと)、すべて蘇芳で染めて、織った生徒が何人かいる。昔も今も蘇芳は人を魅了してやまない染料であるとつくづく実感する。
蘇芳はマメ科の樹木であるが、インド、マレー半島が原産であって、日本に自生していない。しかし、早くも飛鳥時代には中国から輸入され、赤系の染料として用いられていた。工房では、蘇芳は糸染めにしか使わないが、当時は木工芸品の染めにも用いられていた。例えば、正倉院には、有名な「黒柿蘇芳染金銀絵如意箱(くろがきすおうぞめきんぎんえにょいばこ)」など、蘇芳で染めた木工芸品が何点も収蔵されている。
蘇芳は明礬(みょうばん)や石灰など媒染によって、真紅、赤紫、臙脂(えんじ)、濃い葡萄色など、さまざまな色に変身する。清濁あわせもつ蘇芳の色は魔性とさえ感じるが、そこが人を引きつけるところなのかもしれない。
アトリエシムラ代表 志村昌司