物事に動じない、媒染によっても変化しない、どっしりと腰をすえた 母性、包容力のある色である。
志村ふくみ『伝書』(求龍堂)

濃淡染め分けられた茜

光により表情が変化する

濃く染めた茜

水洗

茜に染まった糸


「茜の匂」

私たちは赤系の植物染料として、茜、蘇芳(すおう)、紅花の3つをよく使うが、同じ赤系といっても、それぞれに特長がある。蘇芳は枝や幹、紅花は花びらから染めるのに対して、茜は根で染めるため、大地にしっかり根ざしたような堅牢な色がでる。私たちは親しみを込めて茜の色を「母性の色」と呼んでいる。
工房には、組紐師で人間国宝であった深見重助氏が染めた糸が残っている。驚くほど濃い茜色で、これほど濃く染めるにはどれほどの苦労があったのだろうと、頭が下がる思いになる。「茜百回」という言葉があるように、緊張感をもって何度も重ね染めして、ようやく染め上がる色である。伊勢神宮式年遷宮の御神宝の太刀の平緖(ひらお)も制作された深見氏の高い技術と自然に向き合う姿勢もさることながら、昔の植物の力強さも感じずにはいられない。
今回紹介させていただいた「茜の匂(にほひ)」は茜を使った襲色目風の着物である。包容力のある母性の色でまとう人を包み込んでほしいと願っている。
アトリエシムラ代表 志村昌司