京都の紅葉は徐々に見ごろを迎えています。
 木々の緑を経糸(たていと)に、唐紅色や黄金色の緯糸(よこいと)が織り込まれていくかのように、毎日少しずつ、山々や庭が艶やかに彩られていきます。偉大な先人たちはこうした風景を目の当たりにして、紅葉を唐錦と称したのかもしれません。

 そして、千總の職人たちも、なんとかしてその様子を留め置きたいと思ったのでしょう。楓を表現した様々な友禅染裂を作り、そのための“ものづくり”の資料も収集していたようです。

今尾景年下絵 友禅染裂〈楓に流水文様〉(明治23〔1890〕年製、千總蔵)

 友禅染裂〈楓に流水文様〉は、燃えるような赤色で染められた、絢爛な楓のデザイン。眼前に楓が迫ってくるかのようです。近代京都画壇を代表する日本画家、今尾景年の下絵を用いて制作されたことが伝わっています。

 飴色の地色一面に、楓が描き敷かれています。判で押したような統一した形を持つ楓は、燃えるような真紅色から、盛り直前の山吹色、これから色づく白緑色など、様々な色で染め抜かれています。そこへ、分け入るかのように群青色の流水が右上から左下へと流れています。流水の周りには、白群色の小さな桜花が散りばめられているようです。

川面を覆う鮮烈な紅葉

 流水は川を連想させるために、川面を覆う楓の葉を表現しているのでしょう。そこから転じて、数々の和歌に詠まれてきた、奈良の紅葉の名所である竜田川がテーマであると考えられます。一方で桜が描かれていますが、桜と楓を組み合わせた文様は、現在では春秋模様や雲錦模様などと呼ばれ、季節を問わず楽しめる文様として親しまれています。もともとは、『古今和歌集』の序文「仮名序」が典拠であり、それをアイデアにして幕末の京焼の名工・仁阿弥道八が楓と桜を意匠にまとめたと言われています。本作は、楓がより強調されたデザインになっていますが、そうした流れが念頭に置かれているのかもしれません。

 この他にも、現在に至るまで様々な楓文様の友禅製品が作られてきました。文様は、図案集や過去の美術工芸品、職人らによるスケッチなどさまざまなものを源泉としていたと思われますが、そうした参考資料の1つとして実物の楓の手鑑帖が千總には遺されています。

手鑑帖『からにしき』(千總蔵)

146カ所の楓残す

 『からにしき』と題された手鑑帖には、雲母(きら)引きされた台紙に、さまざまな樹種の本物の楓の葉が貼り付けられています。楓の横には、社寺の名称などが記された題簽(だいせん)が付されており、おそらく葉を採取した場所を示すものと考えられます。記された場所は、仙洞御所や大宮御所、銀閣寺、永観堂、知恩院、大徳寺などの京都市内、さらに東大寺や多田院、石山寺など近畿地方一円の名所であり、合計で146カ所にものぼります。

 この手鑑帖の制作時期や購入時期などは定かではありません。しかし、手鑑帖の存在が、楓という古くから形式が硬く定まっていた文様を、改めて見直す姿勢とも受け取ることができるでしょうか。「友禅の図様を一新しようと存じました」という千總の12代当主、西村總左衛門の方針にも合致するようにも感じられます。

 さて、この手鑑帖は活用されたのでしょうか。

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