梅とは、大変あたたかいものです。

 肌を刺すように冷たい季節に、あらゆる草花が枯れている中、突如現れる鮮やかな白や赤の花。ささやかな梅の花は、凍えた人の心に、灰色の風景に、ほんのりと彩を添えてくれます。

 こうした日本における梅見の習慣は、遣唐使によって中国から奈良時代にもたらされたと言われています。歴代の先人たちは、梅見の席で多くの詩や歌を詠みました。その中でも特に有名な一節が、「暗香疎影(あんこうそえい)」ではないでしょうか。梅の木を念頭に、どこからともなく漂う花の香りと、月明かりに照らされて映る木々の情景を意味していますが、こうした情景を思わせる作品が、岸竹堂(きしちくどう、1826~97年)筆〈梅図〉(紙本墨画、明治8〔1875〕年頃)です。

岸竹堂筆〈梅図〉千總蔵

 画宣紙のような白い紙に、描かれた梅樹。土坡(どは)に植わった梅は、右隻に1株、左隻に2株が描かれています。右隻の梅では、主幹から分かれた枝が、左へと伸びている様子が印象的です。一方、左隻では、手前の梅は、大きく2股にわかれた主幹から伸びた枝が、独特の屈折を繰り返して枝先を右方向に展開しており、ごく薄い墨で描かれた奥の梅は根元から伸びた2本の幹が上へと枝を伸ばしています。こうした独特の枝ぶりは、臥龍の梅を思わせます。その枝先をよく見ると、小さな梅の蕾と花。胡粉などは使われていませんが、塗り残していることから、おそらく白梅なのでしょう。枝の隙間や木の周辺には、金砂子が部分的に蒔かれています。

付立の技法で表現された梅

 実物に近い梅の量感

 こうした梅図は、円山応挙や呉春など、円山四条派により描かれてきました。本作は通例よりも大きい八曲屛風が用いられているために、作品の前に立つと、実物の梅に近い量感が感じられるでしょう。

 梅は、輪郭線を用いない付立(つけたて)の技法で描かれています。枝は墨をつぎ足しながら、がさがさと筆が少しずつ進められたのでしょうか。分枝や角張った湾曲の箇所には、墨溜まりや筆致の重なりが見られます。筆の赴くままに描く、竹堂の巧みな即興技法が見え隠れしているかのようです。そうした表現が、地面に伏す龍、すなわち臥龍を連想させることに繋がっているのかもしれません。

 さて、本作で不思議な点のひとつが金砂子です。

梅の花と枝を避けて金砂子が蒔かれている
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