古来人々を魅了してきた織物の一つである絹。「絹のような手触り」「絹のような光沢」という形容は、絹以外のテキスタイルに対してだけでなく、人の髪や肌などの美しさを称賛する言葉としても用いられます。

生地の主役 絹織物

 中世から近世にかけて、小袖に用いられる生地の主役となったのも絹織物でした。江戸時代を通じて絹織物の小袖には、綸子、縮緬、紗綾のほか、絽や紗が用いられました。いずれも元は中国から輸入された絹織物ですが、次第に日本国内での生産が増加していきました。京都の西陣をはじめ、桐生、丹後、長浜などが産地となりました。18世紀に西陣で織られていた絹織物の種類は70種に及びます。

 絞りや刺繡、金彩、さらに友禅染といった装飾技術が発達し、多種多様な小袖が生み出される中で、デザインと技法の流行のとともに、絹織物の種類も使い分けられ、時代による好みもあったようです。 

 

 例えば、桃山時代に隆盛した「辻が花」と呼ばれる絞りと墨描きによるデザインには、生地の表面が平らな平織の練貫(ねりぬき)が好まれましたが、次の江戸時代慶長期に主流となった「慶長小袖」には主に綸子(りんず)が選ばれました。赤、黒、白の染め分けの上に施された精緻な刺繡と金彩のデザインは、光沢と織文様による華やかな生地と相性が良かったのでしょう。続いて、江戸時代中期に友禅染が登場すると、縮緬(ちりめん)が好まれるようになったようです。模様の輪郭線を糊で防染し、輪郭線の中を細かく染め分けをしたり、色の濃淡を繊細に表現する友禅染においては、生地に凹凸があり柔らかな乱反射をする生地がデザインを一層奥行きのあるものに見せたからでしょう。

身分を表す使い分け

 また武家女性においては、綸子の総模様の小袖が最上位とされ、縮緬の総模様はその次の位とされるなど、絹織物の種類は身分を表すためにも使い分けられました。

 千總コレクションの小袖には、綸子、絖、縮緬、紋縮緬、飛紗綾、絹縮、絽、紋絽などの生地が用いられています。生地と技法の組み合わせは、デザインと色彩によって、絹織物それぞれの特徴が最大限に生かされています。

 一般社団法人 千總文化研究所 株式会社千總がもつ有形・無形文化財を核として、「京都」「技術」「美」の3つのテーマを柱に調査研究・教育普及活動を実施。学際的研究を通して、文化と社会のつながりを浮き彫りにし、新たな文化の創造と継承を目指している。

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