数百年の時を経て現代に伝わる美術品や工芸品にはさまざまなストーリーがあります。文化的、社会的背景と共に、描かれたものに込められた意味、日本の自然観や美意識、職人技、またその持ち主の物語などー。

 日本の染織文化の未来を託された振袖をご紹介します。
 〈紋縮緬地束熨斗(のし)模様振袖〉は、江戸時代の染織品の最高峰として重要文化財に指定されています。千總・西村總左衛門が代表を務める友禅史会の所蔵品で、京都国立博物館に寄託されています。

〈紅紋縮緬地束熨斗模様振袖〉(江戸時代中期-後期、友禅史会蔵)背面

 束熨斗の模様が着物全体を包み込むように表され、紅色の地色、金糸の駒繡(こまぬい)による刺繡で絢爛豪華な様相です。熨斗の一枚一枚の中には、鳳凰、雲襷に千鳥、唐花、牡丹唐草、青海波に紅葉宝尽くし、松竹、葵、向い鶴菱など40種類を超える細かやな文様が、友禅染や摺疋田、金彩、刺繡により表されています。
 のし鮑を束ねた様子を表す束熨斗模様は、鮑を薄く伸ばしたものであことから延寿の意味と結び付けられ、また束ねることが人を束ね、頭になることに通じることから、吉祥模様とされてきました。婚礼の結納にも熨斗が用いられることから、本振袖は婚礼衣装とも考えられています。
 肩から裾にかけて弧を描くような模様構成は、寛文期(1661~1673年)の流行を踏襲し、江戸時代中期から後期にかけて制作されたと考えられます。

〈紋縮緬地束熨斗模様振袖〉(江戸時代中期-後期、友禅史会蔵)前面

ロックフェラーも愛した…

 伝来は定かではありませんが、大正時代に本振袖を所有していたのは、染織品の目利きであり研究家、ディーラーとして活動していた野村正次郎(1879~1943年)でした。大正10(1912)年のある日、野村正次郎の店にアメリカの大富豪として知られるロックフェラーⅡ世(1874~1960年)が訪ねてきて、本振袖を購入したいと申し入れをしました。ところが野村正次郎は、「本振袖は日本染織史において非常に貴重なものであるから売ることはできない」と断ります。すると後日、野村正次郎の元にロックフェラーから手紙と小切手が届きます。ロックフェラーは、「この振袖は一旦譲り受けたが、愛する京都に寄贈したい」というのです。感銘を受けた野村正次郎は、京友禅呉服業の有志の集まりであった友禅史会に本振袖を寄贈したといいます。本振袖の魅力を象徴するストーリーです。

 一般社団法人 千總文化研究所 株式会社千總がもつ有形・無形文化財を核として、「京都」「技術」「美」の3つのテーマを柱に調査研究・教育普及活動を実施。学際的研究を通して、文化と社会のつながりを浮き彫りにし、新たな文化の創造と継承を目指している。

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