美術家・中村裕太と「万物資生」
 

 「目に見えないものとしての時代の気運や生活そのものを知るには、誰かに語ってもらうしかないと考えました」。東京・銀座の「資生堂ギャラリー」で2月末、京都在住の美術家・中村裕太さん(39)が話した。
 化粧品製造販売の大手として知られる資生堂は1872(明治5)年、日本初の民間洋風調剤薬局「資生堂」として銀座で開業した。社名は儒教の教典『易経』の一節「至哉坤元 万物資生(大地の徳はなんと素晴らしいものだろうか、全てのものはここから生まれる)」に由来するという。そうして始まった150年の歩みを考える試みとして、展示「万物資生|中村裕太は、資生堂と   を調合する」が企画された。

なかむら・ゆうた 1983 年東京生まれ、京都市在住。2011 年京都精華大学博士後期課程修了。博士(芸術)。京都精華大学芸術学部造形学科准教授。〈民俗と建築にまつわる工芸〉という視点から陶磁器、タイルなどの学術研究と作品制作を行なう。近年の展示に「第 20 回シドニー・ビエンナーレ」(2016 年)、「あいちトリエンナーレ」(2016 年)、「MAM リサーチ 007:走泥社—現代陶芸のはじまりに」(森美術館、2019 年)、「ツボ_ノ_ナカ_ハ_ナンダロナ?」(京都国立近代美術館、2020 年)、「丸い柿、干した柿」(高松市美術館、2021年)、「眼で聴き、耳で視る|中村裕太が手さぐる河井寛次郎」(京都国立近代美術館、2022年)。著書に『アウト・オブ・民藝』(共著、誠光社、2019 年)、『アウト・オブ・民藝|ロマンチックなまなざし』(共著、誠光社、2022年)

 「万物資生」とは何か。

 中村さんは文献で「目には見えないつかまへられないものが天から来て、地上の物質がそれを受取つて生物を生ずる」(『易経研究』1932年)との解釈に注目した。商品や広告など、資料として残る活動の背景に隠された「目には見えない」時代を知る手掛かりとして、ある人物と「調合」することにした。

考現学・今和次郎と「調合」


 今和次郎(1888~1973年)。1923年の関東大震災後に生まれたバラックや、「カフェー」にいるウエーターの服装、女性の髪形など街の風俗を事細かに記録し、「考現学」を打ち立てた研究家だ。

資生堂「香水 菊」1920年頃 資生堂企業資料館蔵


 「民俗と建築にまつわる工芸」の視点で陶磁器やタイルなどの学術研究と制作を行う中村さんは、資生堂の軌跡とは一見関わりがなさそうな彼の歩みを調べることで「思いの外、結びついていたことが段々と見えてきた」と語る。

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