甲子園球場、一塁側のアルプス席で、
初夏の陽ざしを浴びつつ5回裏の開始を待っているとき、
ファウルゾーンでバク転をはじめたキャラクターの姿を見て、
ふいに、30年ほど前にいわれたあることばが、
まるで風船のように意識の上にのぼってきました。

そのころ会社員でした。
子どものころから植木等の「無責任シリーズ」や、
森繁久彌の「社長シリーズ」をみてゲラゲラ笑っていたぼくは、
会社勤めに、漠然とした憧れをもっていました。
家族、親戚に、誰もサラリーマンがいなかったせいもあるでしょう。

といって、就職活動を知らず、まわりを見まわし、
「ふうん、大学4年になったらみんな急にネクタイとかしだすんや。
おとなやなあ」
なんて思っていたのですからアンポンタンです。
ある日、友人の兄から電話があり、
「しんじ、うちの会社きいひんか」
と誘われ、まったく受動的に、
東京は銀座にある会社に勤めはじめました。

撮影:いしいしんじ

そこに「植木等」はいませんでした。
(当たり前ですが)
「森繁社長」もいませんでした。
(当たり前ですが)
ただ、社会的に大きな話題となった事件にまきこまれ、
大波に揺さぶられている感じはあり、
その辺はちょっとワクワクしていました。

同時に入社した新人たちはつぎつぎと、
東京営業部、
人事部、
不動産事業部、
などなど、カッコいい名前の部署に配属されていく。

「いしい」
「はい」
「お前、ここ」
渡された紙をみると「イメージ部」とある。
「なんですかこれ」
「さあ」
と、人事部のひとは首を振り、
「俺は知らん。部長のFさんにきいてみろ」

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